平成26年度人権啓発指導者養成研修会 採録コラム

東京会場 講義6 平成26年10月24日(金)

  「アイヌ民族の人権と政策」

著者 北海道大学アイヌ・先住民族研究センター長
常本 照樹
寄稿日(掲載日) 2015/03/17


 今日は「アイヌ民族の人権と政策」というタイトルでお話をさせていただきたいと思っております。アイヌ民族に関しては、北海道から海を渡って本州から四国・九州の方に来てお話をすると感じますが、アイヌ民族がどういう人々で何が問題なのかということについても、残念ながら必ずしも知られていないというのが実態です。その点では、皆様が日頃関わっておられる同和問題などとはかなり違った面があるような気がします。近年、政府において総合的なアイヌ政策というものを始めております。しかもその政策は全国展開ということですので、皆様の自治体においてもアイヌ民族に関心を持つ方がこれまでより増えてくるかもしれません。あるいは自分もアイヌなのではないか、この施策の対象になるのではないかというような問い合わせが増えてくることもあるのではないかと考えています。本日はこのようなことも含めて、ご参考になるようなお話を少しさせていただければと考えております。基礎的な、アイヌ民族とは何か、どういう問題があるのか、今、それに対して国がどのような施策を考えているのかということを中心にお話をさせていただきたいと思います。

 

 まずアイヌ民族の概観からお話しします。歴史の話は後ほど少しお話し申し上げますが、そもそもアイヌ民族の出自とはどういうものでしょうか?どういう系統で現在日本列島に生活するようになったのでしょうか?縄文文化を受け継ぐ人々という点では、現在日本列島において主流の人々と共通していますが、その後さまざまな交流を経て、異なった独自の文化を発展させていったと言われています。これについては後ほどまた触れます。 
 13世紀頃に現在のアイヌ文化と言われるものの特徴が形成され、これ以降アイヌ民族と言われる民族集団が形成されたというように考えられています。その後江戸時代に入って、松前藩の下で漁業労働者として酷使され、生活的にもかなり苦しくなっていったのですが、それでも伝統的な文化の特色は維持し民族としての一体性は保っていったと言われています。それが明治時代に入り、日本の近代化政策が始まるに伴い、近代的な土地所有制度(土地を個人で所有する制度)が導入されます。他の先住民族にも共通しますが、アイヌ民族の場合ももともと個人が土地を所有するという観念はなく、土地はみんなのものという素朴な考え方を持っていました。近代国家においては、土地を個人に保有させ、そこから租税を徴収するという土地所有制度を確立する必要がありましたが、北海道においてもその制度を適用し、本州などから渡ってきたアイヌではない人々に対して土地を分け与えると共に、アイヌ民族に対しても土地の個人所有を原則として土地の分割を行ったのです。
 また、政府はアイヌの主食である鮭猟や鹿猟の制限を行いました。さらに日本語を使用するよう教育を行ったことなどによって、アイヌの伝統や文化は深刻な打撃を受け、その結果生活が貧窮化していったと言われています。この辺の歴史叙述は後ほども触れますが、内閣官房長官が設置した「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」で取りまとめた報告書の中で示されている歴史記述ですので、政府もこれを認めています。続いて「北海道旧土人保護法」と言われる法律によって、一人ひとりのアイヌに土地を分配し、その土地を農民として耕すよう、アイヌを農民化し日本文化に同化させることが行われました。しかし、アイヌは狩猟採集文化により生活し、基本的な生業として農業を行ってこなかったことから農民化の試みというのはうまくいかなかったと言われています。

 その後、1950年代、1960年代のアメリカにおいてアフリカ系アメリカ人のいわゆる人種平等を目指した運動が進んでいきました。その影響を受けて先住民族にも人権を回復すべきだという運動が1970年代、80年代とアメリカを中心に世界的に広がっていきます。その余波は日本にも及び、アイヌ文化の復興という動きがアイヌ民族の中でも活発になりました。このように先住民族の地位向上に向けた国際的な潮流の中で、2008(平成20)年に日本政府はアイヌ民族を先住民族として承認するという正式な決定を行いました。従って、現在アイヌ民族が日本列島の北部、とりわけ北海道に居住する先住民族であるということは国会および内閣を中心とする政府によって正式に承認されています。
 ではアイヌの人々の現状はどうなっているのでしょうか。実は信頼できる人口調査は存在しないと言わざるを得ません。いわゆる国政調査は皆様ご承知のように全国的に行われていますが、国政調査の中には「あなたはアイヌですか」とか「民族は何ですか」という設問項目はありません。国によっては含めているところもあります。よく知られているアメリカでは、「アメリカインディアンである」とか、その他の民族的属性を記入する項目が国政調査の中に含まれています。ちなみに私はインディアンと言っています。人によってはこの言葉を今使ってもいいのだろうかと心配する方もいますが、アメリカにおいてはインディアンという言葉は法令上使われている言葉であり、しかもインディアン自身が自分たちはインディアンだと言っていますので、別に差別用語ではありません。確かにアメリカ先住民という言い方の方がいいのではないか、ネイティブアメリカンの方がいいのではないかという声もありますが、だからといってアメリカインディアンという言葉が差別用語であるというふうには、当事者もアメリカのこの問題に関わる方々の多くも考えていませんので、その点はご心配はいらないと思います。
 本題に戻りますが、日本ではアイヌに関する信頼できる人口調査は存在しないと言えます。ただ1974年から北海道庁による「北海道ウタリ福祉対策」が7年ごとに進められており、全国で行われていた同和対策の応用という形で施策内容も同様のものがアイヌとその居住する地域を対象として北海道で行われてきています。その前提としての生活実態調査というのが7年ごとに行われています。
 その中でアイヌ民族の一種の人口調査的なものも項目として行われてきているのですが、その調査方法にいろいろと問題があると言われていて、その信頼性は必ずしも高くないと考えられています。ただ、そうであったとしても、それが唯一公的な数字であり、従来はその数字が使われてきたといえます。

 最近までは、だいたい2万3,000人~2万4,000人という数字が北海道内におけるアイヌ民族の人口と言われていました。しかし、去年(2013(平成25)年)から今年(2014(平成26)年)にかけて行われた最新の調査では、16,786人に減少しています。その理由はいろいろと言われています。例えば個人情報の重視などというさまざまな社会状況、あるいは法制的な状況の変化を受けているとか、あるいはアイヌ自身が高齢化していてそのカウントが難しくなってきたとか、その他幾つか事情が指摘されていますけれども、本当のところはなかなか難しいと言わざるを得ません。いずれにせよ、そういう形での調査は数字としてはありますが人口調査としての信頼性は決して高いものではないと言われています。
 研究者の中には北海道内に少なくとも5万人のアイヌが居住しているという人が少なくないのですが、ともあれ、北海道に数万人、東京に数千人、他に全国にも住んでおられるというような言い方ぐらいしかできないのかもしれません。
 東京に数千と言いましたが、1988年に東京都に居住しているアイヌ民族の調査というのを行ったことがありまして、そのときは2,700人という数字が出て来ました。これはいわゆる機縁法と言われる調査方法を取っており、要するに東京都が把握しているアイヌの人々を第一調査対象としてカウントし、そしてそれぞれの人々に他にアイヌの知り合いはいませんか、というふうに聞いて、その知り合いとして紹介された人たちを第2対象とし、そういう形で第3、第4というように知り合い、そのまた知り合い、という形で伸ばしていって、あとは統計的な処理をして得られた数値が2,700というわけです。これは統計学的には極めて信頼性の低い数値と言わざるを得ません。しかし、これが唯一の北海道外における調査の例ということになります。
 アイヌの人々の現在の状況については、例えば言葉、衣食住に関わること、就いている職業、あらゆる面で他の日本人とほぼ変わらない日常生活を送っているということができます。例えばアメリカインディアンの場合には、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、リザベーション(保留地)という、インディアン部族が生活をする、そこでさまざまな独自の政府、独自の法体系を持って、1つの国として構成されている場がある。要するにインディアンが集住している場があるということですが、アイヌ民族の場合はそういうことはなく、一般の日本人と同じように札幌を初め北海道内、あるいは日本各地で生活をしているわけです。例えば北海道人口約500万のうち200万は札幌に集まっており、多くのアイヌの人々も札幌に住んでいるのは間違いないことです。しかし、街中ですれ違ってもそうと気づくことは難しいでしょう。
 一方、民族としての帰属意識、自分がアイヌ民族であるという意識、民族としてのアイデンティティーというのは脈々と受け継がれていると考えられており、伝統文化の継承に努力する人々も近年だんだん増えてきています。しかも若い世代の人々が、自分たちの民族文化に関心を持って、その継承に関わろうとしているということも大きな特徴と言えるかと思います。

 後ほどこれも触れますが、1997(平成9)年に「アイヌ文化振興法」(アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律)という法律ができて、それに基づいてアイヌ文化の振興が国において進められていますが、その1つの効果がでているのではないかと思います。
 一方で、生活水準に関わること、例えば大学の進学率とか世帯の平均所得、こういったものは一般国民と比較して顕著に低いと言わざるを得ません。例えば大学進学率、これは調査する年により変動はありますが、おおまかに言えば全国平均の1/3から半分、例えば全国平均が5割~6割弱だとすると、20%~25%の間ぐらいとなるのではないかと思います。世帯平均所得、生活保護の受給率などといったものは明らかに2倍~3倍、一般国民よりも高いという調査結果が出ています。
 さらに差別意識が残っていることも残念ながら事実です。最近は、アイヌ差別などはないのではないかと言われることもままありますが、実際にアイヌの方々の話を聞くと決してそうではなく、現在でも学校における差別、婚姻時の差別、日常生活の場における差別という話を耳にすることは珍しくはありません。最近札幌で聞いた話では、札幌のような都市部でも、例えばスーパーのレジで働いているアイヌ女性が、買い物に来たお客から「何でアイヌがこんなところで働いてるの?」というようなことを言われたそうです。
 あるいはアイヌの子どもが札幌市内のコンビニエンスストアで買い物をしていると、そこにクラスメートの友達と親が通りかかりました。その友達が自分の所に来ようとしてコンビニに入ろうとしたところ、親が引き留めるなど、そういったこともあるようです。もちろん直接当事者から聞いている話ばかりではありませんので、その事情が何であるのか、別の理由で引き留めたのかもしれないということも当然あり得るわけですが、他にいろいろと耳にすることと合わせて考えれば、そこに差別的な意識が残っていたとしても不思議ではないというのが現状と言わざるを得ません。
 それから、「構造的差別」というものがあります。例えばこういうことです。我々は子どもの頃から『桃太郎』とか『カチカチ山』とかそういった日本伝統のおとぎ話や歌を聴いて日本文化というものを身に付けていきますが、アイヌの血統を持った子どもたちは、アイヌ民族伝統のおとぎ話や歌というものを聴きながら育つということができません。日本文化の中で成長して、大きくなってからアイヌ文化を身に付けようとしたり、アイヌ語を学ぼうとすると、新たに努力をして文化を身に付けるという特別な苦労をしなければいけない。つまり一般のマジョリティが負わなくてもいい苦労・苦心というものを強いられるというのが、この少数の文化を抱える人々が直面している問題です。つまり多数派はそれを全く差別だとは思っていないのですが、構造的に言えば少数派の人々は多数派が負わなくてもいいコストを負担しなくてはいけないという状況に置かれていることを指しています。我々はそのことに気付くべきだろうと思います。
 それからアイヌ文化の特徴、「アイヌ語」は日本語とは系統が異なる全く独自の言語であると言われています。言語の孤島と言われることもあり、日本語ともその周辺国の言葉とも、その文法構造等を含めて言語として見たときには、ほとんど近似性がないと言われるぐらい独自性の強い言葉です。日本語も独自性が強いと言われていますが、実際には韓国語、朝鮮語とは類似性が高いという指摘もありますし、その意味では日本語の独自性というのはアイヌ語に比べればまだ低く、アイヌ語の方が独自性は高いと指摘されるようです。

 

 もともとアイヌというのはアイヌ語で「人間」を意味しますが、これは世界の先住民族ないしは少数民族に共通した言い方です。
 どの国でも、その国の民族名というのはその民族語で「人間」と意味する言葉が付けられていることが多いのです。それは不思議なことではなく、民族名というのは自分たちが付けたわけではなく、それに接触したマジョリティの多数派側がその民族名を付けるわけですから、おまえは誰だと聞いたときに「俺は人間だ」と普通答えるでしょうから、「俺は人間だ」と答えたその言葉をその民族名としてマジョリティがラベリングしたということです。アイヌの場合も同様です。独自性が極めて高い、そういう意味で重要なアイヌ語は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が2009(平成21)年に消滅危機言語に指定しました。実際にこれを流暢に話せる人は、アイヌの中でもほんの数人というくらい数が減っています。もちろん聞けば分かるという人は今でも相当数いますが、実際に流暢に話せる人は、本当に一桁台いるかどうかというぐらいだと専門家は言います。
 アイヌ民族の宗教観は自然界のすべての事物に魂が宿る、あるいは神が宿るという、いわゆるアニミズムですが、これを魂と言うべきか、あるいは神と言うべきか微妙なところです。アイヌ語としては例外的によく知られている言葉に「カムイ」という言葉があります。神様という意味ですが、JR北海道の車両名にも付けられています。ちょっと余計なことを言うと、普通我々は「カムイ」というとき「カ」にアクセントを置きますが、アイヌ語の場合は「ム」にアクセントを置くのが正しいそうです。
 古式舞踊はユネスコの世界無形文化遺産に指定されています。スライドでご照会している写真に独特の文様による刺繍などが施されている織物がありますね。これは「アットゥシ織」と言います。独特の特徴を見てとることができます。これは「イオマンテ」の写真です。その下の写真はアイヌの伝統的な「チセ」という建物です。ちなみに、このイオマンテもアイヌ文化を理解する場合の1つの鍵になります。「イオマンテ」は外形的には熊の子どもを捕まえてきて殺してしまうので、残虐ではないか、動物に対する虐待ではないか、という批判を受けることが少なからずあります。しかしこれはアイヌの人々の伝統的な考え方、あるいは信仰なのです。アイヌの信仰によると、神の世界に住んでいるカムイの家の壁には「熊の服」、「狐の服」などといろいろな服が掛かっていて、例えば熊の服を着たカムイは熊の姿になって地上に降りてくる。地上に降りて来る目的は、熊の毛皮や肉を地上にいるアイヌたちにプレゼントということであり、アイヌはそのプレゼントをありがたくいただいて、カムイを天上界(カムイの世界)に帰して差し上げるというのが、「イオマンテ」の本質なのです。従って、熊を殺すというのは、いわば贈り物である熊の肉体からカムイを切り離して天上界に送り返すための儀式というふうにアイヌの人々は理解しているわけです。そこには残虐という要素は全くありません。彼らの考え方によれば殺すということではないのです。

 現実的な話に戻りますが、全国規模の統一的なアイヌ関係団体は存在していません。最も大きいのは北海道にある「北海道アイヌ協会」ですが、これは今年(2014(平成26)年)の4月から公益社団法人になっています。最も大きいといっても会員数は約2,600人です。ただし、だいたいは個人会員でそれも世帯主なので個人会員の配偶者ないし子どもも事実上の会員と考えれば、家族込みの数は1万人くらいなのではないかとも言われています。

 ご覧いただいているスライドはアイヌ民族の起源に関してよく使われる図です。これはアイヌ民族に限らず、日本列島に居住している人々の出自をたどる説として最もよく知られているものですから、既にご存じの方が多いかと思います。東京大学の埴原和郎先生が提唱された「二重構造モデル」と言われる考え方です。簡単に説明しますと、今から1万数千年前、まだアジア大陸と日本列島が地続きであった時代、アジア大陸東南部の人々、最近の研究ではアジア北東部の人々も入っていたという説がありますが、埴原先生の考え方によれば、アジア東南部の旧石器時代人が日本列島にやって来て、日本全土に広がり縄文文化をつくった。狩猟採集文化の人々が日本列島に渡ってきて縄文文化をつくった。これは北海道から沖縄まで日本全国に広がり、それぞれの地域的な特色はあるにせよ、ほぼ共通した狩猟採集文化を持った縄文文化を担う人々になっていった。
 その後、本州・四国・九州においては、今から2,000~3,000年前かと思いますが、北東アジアから新石器時代人、水稲耕作や金属器の文化を持った人々が九州から近畿地方を中心に日本列島に渡ってきます。その人々が日本に稲作や金属器を伝え、そして、それ以前から住んでいた縄文文化の人々と融合することにより弥生文化をつくり、現在の日本人につながっています。これが本土日本人に関する考え方です。
 北海道の場合には縄文文化が概ねそのまま残ってた、つまり北東アジアからの稲作の伝達がなかったわけです。近畿・九州地方に到来してきた稲作文化はその後日本全国に広がっていきました。しかし、もうこのときには日本列島が寒冷化し東北地方やとりわけ北海道では今とは違い稲作はできませんでしたので、弥生文化は東北や北海道の方には伝わらず、縄文文化が残った。しかし、北海道の場合には縄文文化が基本的に残ったものの、オホーツク文化と言われる北方民族との交流が盛んに行われたということもあり、オホーツク文化の遺伝子・文化を取り入れて、独自の文化的な発展を遂げたのがアイヌの人々でありアイヌ文化だと考えられているわけです。つまり、縄文文化にオホーツク文化が加わって、だいたい13~14世紀ぐらいに独自のアイヌ文化が形成されたということになります。
 他方、沖縄の場合には、やはりこの弥生文化の伝達はありませんでしたが、その代わり中国大陸との交流が盛んに行われ、その後の琉球文化に発展していきました。ですから、基層文化としての縄文文化は全国共通にありますが、本州・四国・九州には基層文化の上に乗る上層文化として稲作文化である弥生文化が生まれたのに対して、北の端である北海道、南の端である沖縄には基本的には縄文文化が残り、それが外来的な文化と融合して独自の文化を構成し発展していきました。これが二重構造モデルという考え方になります。

 

 スライドは現在のアイヌの人々の一部を切り取った写真ですけれども、これは「カムイノミ」という神に祈りを捧げる儀式を行っているところです。「アペフチカムイ(火の神)」という最も重要な神様がここにいると考えられていますが、そういう火の神様を中心に皆で神に祈るという儀式を行っています。この写真は先祖儀礼、先祖を崇拝する儀礼を外で行っているところですが、この「イナウ」と言われているものの1つひとつが先祖、もしくは「カムイ」を象徴しているというように言われています。年に何回か、特に意味のある日にこのような伝統的な服装をして、神に祈るという儀式を行っているものであり、もちろん1年365日を通じてこういう伝統的な姿形をしているわけではありません。普段は普通の日本人と同じ姿をしているわけですが、そうであったとしても、例えばこれは「カムイワッカ」、神の水と言われている水が出るところを、神が宿るところとして祈りを捧げているところです。日常生活の中でもこういったアイヌ文化で伝統的に神聖だと思われているところを通りかかった折々に祈りを捧げるという行動は今でも続けられています。その意味では伝統文化というのは、外見的には普通の日本人と同じになった人々においても継承されているということになります。この写真は今復興されている文化の1つですが、その年に新しくつくった丸木舟を川に浮かべて安全を神に祈るという儀式を行うもので、これも1年に1回、いろいろな地方で行われています。

 

 次に最近のアイヌ民族をめぐる政策状況についてお話しをしてみたいと思います。先ほどのお話しと若干重なりますが、2007(平成21)年9月に「先住民族の権利に関する国連宣言」が国連総会において採択されました。国連の調査によれば先住民族は世界各国に約3億7,000万人いると言われています。この人々に共通する権利というものを国連が取りまとめた宣言が2007(平成21)年9月に採択さました。日本政府もこれには賛成投票しています。先ほども触れましたが、翌2008(平成22)年6月には、衆参両院において全会一致でアイヌ民族を先住民族とすることを求める決議を行い、同日、内閣官房長官がこの決議を受けて総合的政策をつくるという談話を発表しています。その総合的政策の在り方を検討するために有識者懇談会を設置する旨を表明しました。
 この官房長官談話を踏まえて、その翌月2008(平成22)年7月に「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」が設置され、今後のアイヌ政策の方向について検討を行いました。1年間かけて検討を行ったポイントが次の4つです。
 (1)「アイヌの人々の意見を政策推進などに反映するための場、つまりアイヌの人々の声を聞く場を設置する必要がある。」
 (2)「民族共生の象徴となる空間を整備する必要がある。」これについては後ほど説明します。
 (3)「全国的見地から必要な生活向上施策の検討実施を行う。」これがあって北海道外においてもアイヌ施策というものが進められることになったわけです。
 (4)「国民理解の促進、つまりアイヌ民族・アイヌ文化に対する国民理解を促進することが何より重要だということ」、この4つが提言となったわけです。

 その後政府は、アイヌ政策関係省庁連絡会議を設けました。政府の関係省庁の中でアイヌ政策に関わる責任者が集まり、具体的な施策実施についてさまざまな連絡、申し合わせ等を行う場です。懇談会の4つのポイントの第1点目であるアイヌの人々の声を政策推進に反映させる場として、それが具体的に形となったのはこのアイヌ政策推進会議と言われるものです。2009(平成21)年12月に設置され、現在でも活動を続けています。

 このアイヌ政策推進会議は官房長官自らが座長になっているという珍しい会議です。この会議はアイヌの人々の声を聞きながら有識者懇談会の提言を実現するために設置されたもので、座長は官房長官ですが、実際には官房長官はご承知のように非常に忙しいため、だいたい副大臣クラスが座長代理に指名されることが多いといえます。あとの委員は官房長官が指名して全部で現在14名の委員がいますが、そのうちアイヌ民族出身の委員が5名、アイヌ関係団体の人も1名入っていますので、血統的にはアイヌではありませんがアイヌ関係者という意味では6名と言えるかと思います。
 この会議そのものは年に1~2回開催され、懇談会の提言の進捗状況などを審議・検討するということになっています。しかし、開会回数が少ないとため、具体的な問題の検討は別途、政策推進作業部会を作り委任しています。その政策推進作業部会は2011(平成23)年8月に設置され現在も活動しています。これは全部で10名の部会員がおりますが、そのうち5名、半分がアイヌ関係の委員から構成されています。現在私はこの作業部会の部会長として取りまとめの仕事させていただいているところです。
 作業部会では民族共生の象徴となる空間を具体化すること、北海道外に居住しているアイヌの生活実態調査を踏まえた全国的見地からの施策を展開すること、国民理解を促進するための活動を進めていくことなどを具体的検討課題としています。だいたい1~2カ月に1回のペースで部会を開催し作業を行っているところです。
 ここに関わる最近の注目すべき事柄が2つあります。1つは今年2014(平成26)年6月13日に「アイヌ文化の復興等を促進するための民族共生の象徴となる空間の整備および管理運営に関する基本方針について」というものが閣議決定されました。つまり政府の最高の決定機関において、正式に象徴空間を設置することが決定されたわけです。
 さらに6月24日には「経済財政運営と改革の基本方針2014」、属にいう「骨太の方針2014」が閣議決定されましたが、その中に2020(平成32)年までにアイヌ文化の復興等を促進するための民族共生の象徴となる空間の整備を進めるという1項目が入っています。
 この「骨太の方針2014」というのはご承知のとおり、政府において予算配分を決める基本方針ですから、この中に項目として入るかどうかというのが、予算が付くかどうかという大きな分かれ目になるわけです。象徴空間については幸い、予算の確保が保証されたということで一安心というところです。
 この写真はアイヌ政策推進会議の1シーンです。こちらが菅内閣官房長官、こちらは北海道知事、そして私、こちらが北海道アイヌ協会の理事長、こうした人が集まって会議を行います。

 

 ここで少し理屈の話に入りますが、アイヌ民族、ないしはアイヌ政策というものが諸外国の先住民族と比較してどういう特徴があるのかということを整理しておきたいと思います。まず先住民族とはそもそも何でしょうか?先住民族とは「一地域に歴史的に国家の統治が及ぶ以前に、国家を構成する多数民族とは異なる文化とアイデンティティーを持つ民族として居住し、その後その意に関わらず多数民族の支配を受けながらも、なお独自の文化とアイデンティティーを喪失することなく、その同じ地域に居住している民族を指す」。これがおおむね一般的に支持されている先住民族の定義と言えるかと思います。ただ、実際にはこれが何らかの法律、もしくは何らかの国際文書によって一律に適用されるべき先住民族の定義として定められているわけではありません。しかしながら、国連がつくったさまざまな文書の中に幾つか先住民族に関連するものがありますが、それらを横に並べてみたときに、ほぼ共通する要素として出て来るのが、この中に含まれているものであり、かつ先ほどから御紹介している、アイヌ政策の在り方に関する有識者懇談会の報告書の中で、我が国における先住民族政策を考えるための基本として示された、日本でも考慮されるべき先住民族の定義として懇談会によって示されたものということができます。従ってこれは、日本における公的な性格を持った先住民族の定義といって差し支えないかと思います。
 先住民族は国内法上どう位置付けられているのでしょうか。国連宣言の話は先ほど申し上げました。しかし国連宣言というのは基本的には法的効力がありません。宣言というぐらいですから、あくまでもこの方向を目指して頑張ろうというものであり、国連の加盟国を法的に拘束するものではありません。結局それぞれの国における先住民族政策というのは、それぞれの国の国内法により定まるということにならざるを得ません。その点幾つかの国は、その国の憲法自体が先住民族の存在を認め、先住民族に対して特別な地位を承認しています。先ほどアメリカの話にちょっと触れましたが、アメリカの場合には合衆国憲法の中にインディアン・トライブに関する規定が含まれていて、それを根拠にインディアン部族に対して準主権的な国家的地位を承認しています。準主権的というのは外交・防衛に関する権能はないけれども、内政上の権能は通常の国家と同じように備えているという意味です。つまり、行政府・立法府・司法府・警察権・独自の憲法・独自の法体系、それらをインディアン部族が保有しているということです。
 その結果、法的にはそれらのインディアン部族というのは合衆国と国対国、Nation 対 Nation という関係に立ちますので、合衆国がインディアン部族を対象に法的な優遇措置を設けたとしても、それは国家対国家の関係に基づいて行うのであるから、法の下の平等に反することにはならないというように考えられています。
 やや話が脇にそれますが、ハワイだけは例外になります。アメリカ50州のうち、ハワイにもハワイ先住民がいます。皆さんも名前はお聞きになったことがあるかと思いますが、カメハメハ大王がハワイ列島を統一してハワイ王国を作ったところ、それをアメリカが武力によって併合し、今日のハワイ州ができたわけです。現在ハワイではハワイ先住民が人口の1/4ほどを占めております。ただ、ハワイ先住民だけはいろいろな事情があり、合衆国政府からインディアン・トライブと同じような主権的地位は認められていません。通常のマイノリティ、つまり黒人、アフリカ系アメリカ人と同じような位置付けに合衆国法上はなっているので、そこが他のインディアン・トライブとは違うところです。
 実際には、ハワイ州内では州政府独自の施策として、先住民に対する特別な施策が行われているのですが、それに対してハワイ州に住んでいた白人が「先住民だけを特別扱いするのは白人に対する逆差別だ」と裁判を起こし、合衆国最高裁判所まで争ったところ、最高裁判所はその主張を受け入れて、施策は逆差別にあたるため憲法違反だという判決を2000(平成12)年に下しています。
 それは、「ハワイ先住民にはインディアン・トライブと同じ憲法上特別な地位が認められていないから」というのが理由です。現在、ハワイ先住民はその判決を覆すべく連邦議会や大統領に対して2000(平成12)年以来ずっと働きかけを続けてきていますが、まだその具体的な成果は出ていないようです。

 話を戻しますが、日本国憲法はご承知のように異民族の存在を全く想定していません。アイヌはもとより、民族というものの存在を前提にした規定は一切存在していないわけです。憲法13条は「国民は個人として尊重される」ということをうたっていますし、憲法14条では「法の下の平等」をうたっています。ですから、日本国民の中の一定のグループだけを特別扱いするということは、直接的にはこういった個人尊重の原理、あるいは法の下の平等の規定に違反するという問題が出て来る恐れが強いわけです。
 もう1つ、「政策対象者の1%の壁」と言われる問題があります。これは、個々の国の政府が一定の施策を実施するか実施しないかということを決めるときに、その政策の影響を受ける人、受益者が国民の中の1%を超えるかどうかというのを1つの目安にすることがあるということを意味します。実際に世界各国の先住民族が国民の中に占める割合を見ると、アメリカの場合は約1%、台湾の場合は約2.2%、カナダが約3%、ニュージーランドに至ってはマオリという民族ですが、約14%に及ぶと言われています。ラグビーの好きな方はご存じかと思いますが、ニュージーランドのオールブラックスというチームは試合の前にマオリ戦士の勇壮な踊りをします。このように、要するに諸外国においては1%の壁をクリアしているわけです。ところが日本の場合には、そもそもアイヌ民族が何人いるかという正式な人口が分からないのです。仮に2~3万というおおまかな数をベースに考えたとしても、全国の人口からいうと0.04%程度、道内に限っても0.5%程度ということですので、人口的には非常に少ないという現実があり、政策対象として取り上げられることがなかなか難しいという現実がこれまであったわけです。

 

 また、伝統的生活様式についても、アイデンティティーを維持している人々がいるし、数も増えてきていると申し上げましたが、外から見てそれが分かるという形にはなかなかなっていません。他の先住民族のように、見かけや生活様式から異なっているというわけではないということもあって、なかなか政策的に注目されがたいということがあったのではないでしょうか。

 それでは、アメリカなどとは違い、アイヌ民族そのものを正面から承認していない、特別な施策を取ると法の下の平等に反するのではないかという疑いすらある日本国憲法の下で、アイヌ政策をどのように根拠付けたらいいのかということを少し考えてみたいと思います。先ほどから申し上げているように民族条項は日本国憲法の場合存在していません。つまりアメリカのように、アイヌ民族を準主権国家として位置付けることはできないので、いわゆる法の下の平等の適用を排除できないというのが日本国憲法の問題の出発点になるわけです。そこで、アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会において、この問題を検討した結果、次のような考え方を取ることにいたしました。
 まず、憲法13条にその根拠を求めることができるのではないか。憲法13条は「個人の尊重」を規定していますが、「個人の尊重」というのは、言ってみれば生き方の選択を尊重すること。個人が自らの生き方を選択することを尊重するというのが「個人の尊重」ということであるのならば、例えばアイヌ文化に帰属意識を持ち、それにより自分の生活を進め、それを自らの生き方として定めようという選択をする人がいた場合、アイヌ文化に従った生き方、アイヌとしてのアイデンティティーを持った生き方を尊重するという根拠を憲法13条に求められるではないか、という考え方です。
 しかしこの考え方は、アメリカのようにインディアンを1つの集団として特別に位置付けをするというのではなく、あくまでも個人をベースとして、個人の生き方の問題としてアイヌ政策を考えていくという考え方に立っているという点で日本独自のものであり、アメリカとは違った考え方であるといえます。つまり、あくまでも個人を基本としながら、合理的理由がある区別をしようということを出発点にせざるを得ないわけです。従って、アイヌとしての生き方を選択する個人がいた場合には、その選択を尊重するというのが憲法13条の趣旨だというふうに考えることができるのではないでしょうか。しかし、これは裏を返して言えば、アイヌとしての生き方を選択する人がいた場合にはそれを尊重するということであって、血統的にアイヌであるという人に対してアイヌらしく生きることを強制することはできないということになります。
 当然ですが、現にアイヌとしてのアイデンティティを選択する人々は少なからずいるわけです。もちろん、1日24時間そうでなければならないというわけではありません。人間のアイデンティティはそれほど固定的なものではないからです。しかし、そういう選択をする人がいる以上、その選択を当たり前にできる環境というものを整備する必要があるのではないかと思います。つまりアイヌであるという意識を持った生き方を選択するにあたって、よほどの覚悟をしなければいけないということはおかしいのではないか、一般の日本人は日本人らしく生きることについて何の苦労もいりません。先ほど構造的差別と申し上げましたが、このような状況にある中で、アイヌだけ、アイヌとしての生き方を選択するにあたって特別な負担を負わせるというのは、構造的差別に当たるのであって、そうすべきではないと考えるからです。その選択を当たり前のこととして、他の日本人と同じようにできる環境を整備する必要があるのではないでしょうか。そのためには選択の文脈としての文化というものを振興する必要があるでしょう。文化というのは生活様式・ライフスタイルそのものを指しますから、アイヌらしく生きる、アイヌとしての生き方を選択するということはアイヌ文化に帰属し、アイヌ文化を享受しながら生きていくということを意味するわけです。それならばアイヌ文化というものがきちんと残されていなければ、そもそも選択の対象にはなりません。その選択の文脈としての文化をきちんと残し復興していく、振興していくということが必要になります。反面、その選択を妨害する要因を排除する必要がある。それは差別や社会的格差であるわけです。つまりアイヌであるという生き方を選ぼうと思っても、アイヌに対する差別が残っていれば当然その選択はためらわれるわけです。あるいはアイヌであるが故に就ける職業が限られる、そして生活が苦しくなるということであれば、それもその選択を妨害する要因になります。ですから、そういった妨害となる要因を排除する必要があるし、そういったことを目的とするアイヌ政策を実施すべきだということになります。
 もう1つ付け加えておくと、そういった目的に合理的な関連性を有する政策であれば憲法13条を根拠として正当化でき、憲法14条には違反しないということが言えると思います。しかし、こういった目的と合理的な関連性を持たない特別処遇は、憲法14条の「法の下の平等」に違反して、憲法上許されないということになるだろうというのが憲法的な分析結果になるわけです。

 さて、アイヌが先住民族であるということを繰り返し申し上げてきましたが、では先住民族であるということはどういう意味を持っているのかを整理しておきたいと思います。アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会の報告書から関連する部分を抜粋してご紹介します。ここには、なぜアイヌを先住民族として位置付けるのかということが歴史的な経緯として書かれています。「今後のアイヌ政策は国の政策として近代化を進めた結果、アイヌ文化に深刻な打撃を与えたという歴史的な経緯を踏まえ、国には先住民族であるアイヌ文化の復興に配慮すべき強い責任があるということから導き出されるべきである」。ここで書かれている趣旨を整理してみると、1つは「日本の近代化政策の課程で民族の意に関わらずアイヌを支配し、その文化に打撃を与えたということ。そして国は他のマイノリティに対するよりも一層強い文化復興の責任を有すること」。つまり我が国には民族的マイノリティに属する人々はアイヌ以外にもいるわけです。在日コリアン・ブラジリアン・中国系・その他、固有の文化を継承しているマイノリティというのは他にも多く日本国内にいます。その中にあっても特にアイヌ民族は先住民族であるというユニークな地位にある。つまり国の政策の結果として、今のような立場に追い込まれたという国の責任というものが、他の少数民族に対するより、より一層強くあるのだ、という考え方を取っているわけです。つまりエスニックマイノリティという意味ではアイヌ民族もそのうちの1つではありますが、他のエスニックマイノリティとは違ってアイヌ民族は先住民族であるという点で、国が負う義務・責務が一段重くなるのだ、という考え方です。言語・工芸・舞踊等に限らない生活様式総体としての文化を復興する必要があります。
 後半が重要なところですが、このようにアイヌ民族に対する特別な施策や責任について語ると、国民の中には「私はアイヌを差別した覚えもないしアイヌに対して悪いことをした覚えもないから自分は関係ない」と考える人が少なからずいると思いますが、それについてはこのように考えるべきでしょう。つまり、日本が近代化に向けて歩みを進めた結果、日本国民全体が自由や民主主義、経済的豊かさといった恩恵を享受することになった。しかしその陰でアイヌ文化は深刻な打撃を受け、今なお所得水準や高等教育への進学率など、アイヌ以外の国民との間で格差が残り、それが差別の原因ともなってきた。前の世代が築いた恩恵を享受する今の世代には、これまで顧みられなかったアイヌに関する歴史的経緯を一人ひとりの問題として認識し、お互いを思いやり、アイヌを含めた次の世代が夢や誇りを持って生きられる社会にしていくことを心掛けることが求められる。言ってみれば近代化の受益者としての責務を一人ひとりの国民が負っていると考えるべきではないか。つまり個人としてみた場合には、自分はアイヌを差別した覚えはないと言えるかもしれない。しかし私も含めて今の日本国民というのは、すべて近代化政策の結果恩恵を被って今の生活があるとするのであれば、その過程で支配を受けた、近代化の過程でさまざまな打撃を受けた人々に対する思いというものを持つべきではないか、ということです。

 次に話を現在に戻して、国のアイヌ政策の体系を少し整理しておきたいと思います。今皆さんが受講している講義も含めて人権啓発一般は法務省の施策として行われていますが、ここではアイヌに特化した問題だけを整理してみたいと思います。全体としては3つの政策課題があります。まず1つ目は「アイヌ文化の振興と普及啓発」、2つ目は「アイヌの人々の生活向上」、3つ目はその後生まれた「新たな政策課題」、という3つに分けることができます。
 「アイヌ文化の振興・普及啓発」については、例えば子ども向けの体験学習を行うとか、アイヌ語、アイヌ文化の振興などですが、それらは文部科学省・文化庁が行っています。それからアイヌの人々の生活向上、具体的には奨学金などを含める教育の充実・生活の安定・雇用の安定・産業振興、こういったものは文部科学省・文化庁・厚生労働省が担当しますが国土交通省が関わることがあります。有識者懇談会報告書以降に付け加えられた新たな政策課題として、民族共生の象徴となる空間の整備や施策の全国展開、国民理解の促進がありますが、こういうものについては国土交通省・文部科学省・厚生労働省・文化庁などが関わって実際の施策実施にあたっています。これらの政策課題全体の取りまとめを行っているのが内閣官房です。内閣官房長官の下にアイヌ総合政策室というものが設置され、実務や施策の総合調整を行っています。それを支えるため、アイヌの人々との協議を踏まえながら全体を監督しているのがアイヌ政策推進会議であり、さらに実務を担っている政策推進作業部会があります。全体としてはこのような構造になっています。
 何度も触れている「民族共生の象徴となる空間」については一般に象徴空間と略すことがありますが、この言葉だけを聞いても何のことか分からないというお叱りを受けるので、シンボリックにまとめるよい名前はないかと考えているところです。それではこの象徴空間の内容についてお話しします。これまでの経緯として、有識者懇談会の提言の中に、アイヌ政策の扇の要として、こういう象徴空間を設けるべきだということが提言され、2011(平成23)年6月の政策推進会議で基本的コンセプトを取りまとめました。政府は、これを受け2011(平成23)年度にイメージ構築に向けた調査を実施し、2012(平成24)年7月に基本構想をまとめ、それが今年(2014(平成26)年)の6月に閣議決定されました。その内容は、アイヌ文化の復興等に関するナショナルセンターを札幌から特急で1時間ほどのところにある白老町ポロト湖畔を中心とする地域に整備するというもので、象徴空間には6つの機能が期待されています。展示・調査研究機能、文化伝承・人材育成機能、体験交流機能、情報発信機能、公園機能、精神文化尊重機能といったもので、それらの機能を果たすために中央広場ゾーン・博物館ゾーン・体験交流ゾーンなどのさまざまなゾーニングが考えられています。また、この象徴空間に「国立アイヌ文化博物館」の設置が正式に決まりました。全国としては九州国立博物館以来の、北海道では初の国立博物館になります。体験交流ゾーンには「チセ」と言われるアイヌの伝統的な家屋が並び、そこで体験学習等を行う予定です。真ん中に中央広場があり、ステージなどが設けられ、いろいろな交流などを行うというつくりです。
検討課題としては、この国立博物館や公園の設置に向けた具体的検討を今後進めていかなければいけませんが、とりわけ北海道は白老周辺にだけアイヌがいるわけではなく、全道にアイヌ民族が住んでいます。道東にもアイヌの人々が大変多いと言われています。そういった他の地域で独自に取り組んでいるアイヌ文化伝承の取り組みとの連携や支援というもの、あるいは白老との役割分担をどう考えるかというのが非常に大きな課題です。

 

 次に「精神文化尊重機能」についてお話しします。実はアイヌのご遺骨の問題です。ご存知の方ももいらっしゃるかもしれませんが、明治以降から昭和にかけて、当時の人類学の研究のなかで、日本民族はどのように発展してきたのか、あるいはアイヌ民族がその中でどういう系統に属しているのかということを調べるために、アイヌ民族の人骨を墓地から回収してくるということが大学の研究者により行われました。当時は、例えば目が入っている部分の形が丸いとか四角とか、鼻の高さが低い、高い、あるいは頭骨の長さの長短とか、そういった計測値を基本にして、その民族の系統を調べるという手法が人類学の主流でした。その研究のためには人骨を持ってくる必要があったわけです。多くの場合、その土地に住んでいるアイヌの人々などと話をして、承諾の下に持ってきたとされていますが、その辺が怪しいと言われるものもないわけではありません。いずれにせよ現在、全国で1600体余りのアイヌの人骨が北海道大学・東京大学・京都大学・大阪大学など、12の大学にあることが確認されています。そういったものをアイヌ民族に返還し、お返しできないものについては白老の象徴空間に慰霊施設を設けて、まとめて慰霊ができるようにするべきだということが提言の中に含まれています。
 そしてこれらの問題についてアイヌ民族自身がどう考えているのか、当然、推進会議の中にもアイヌ代表の委員が入っていますが、より広くアイヌ民族の声を聞くべきだということ。あとは象徴空間の存在やその意義について、北海道や関係者だけではなく、日本全国の国民に理解をしてもらい、その意義を受け止めてもらう必要があるというのがこれからの大きな課題になっています。象徴空間の意義というのは、別のまとめ方をすると、アイヌ民族自身にとってはアイヌ民族の文化復興の拠点であると共に、心のよりどころになる場所であり、そして国民全体にとっては、アイヌ文化を理解するための拠点になる場所であって、最終的には、お互いの文化を尊重しながら、お互いに共生できる社会を実現していくためのセンターになるべきだ、ということが象徴空間に期待されている役割です。

 

 海外にはさまざまな民族博物館がありますが、では日本のアイヌ民族の象徴空間では何をやるのか。とりわけ文化伝承に向けた今後の分野別の取り組みということで、アイヌ語を象徴空間での公用語として位置付けてみたいということを考えています。つまり象徴空間の中で例えばいろいろな展示、あるいは建物の表示を行う場合には、アイヌ語をメインに書いて、日本語・英語はそれに対する補助説明として加えるとか、あるいは場内におけるアナウンスなどはアイヌ語で行い、それを補うものとして日本語・英語でのアナウンスも同時に行うとか、そういった象徴空間における第一言語はアイヌ語であるという取組をしてみたいと考えています。そのためには象徴空間そのものもアイヌ語で愛称を付けたいと思っていますし、アイヌ語に関する学習や翻訳の拠点にするということが象徴空間の1つの目玉となるのではないかと考えます。あるいは踊り・音楽・工芸・木彫り・刺繍・織物など、あとは伝統的儀式・建物・伝統的生業・自然素材の確保、こういったことを取組の対象として考えていこうということです。

 

 次に、これはある意味行政の皆さんに直接関わるところかもしれません。北海道外におけるアイヌ対策はどういうものが考えられているかということをお話しします。アイヌ政策推進会議は2011(平成23)年に実態調査作業部会という会を臨時で設けました。その作業部会で、全国のアイヌの人々を対象とする施策を検討するため、北海道外のアイヌの人々の生活実態を初めて調査しました。その結果、北海道内のアイヌの生活実態と非常によく似ていますが、国民一般と比較すると教育や所得水準についてなお格差があることが分かりました。そこで、「全国的見地からアイヌの人々に対して生活・教育面での支援策を検討する必要がある」と報告書はまとめました。
 この作業部会報告が出された後、さまざまな支援が検討されました。次に「具体的な施策の検討状況」についてお話しします。主要なものとして次の4項目が挙げられます。
 1つ目は、「高等教育機関への進学支援等」です。2014(平成26)年度から道外のアイヌ子弟の大学進学希望者に対する無利子奨学金が用意されています。これが先ほど申し上げた道外におられる皆様のような立場の方、例えば窓口にアイヌの子弟という方から問い合わせが来るかもしれない事柄の1つです。これは、昔は育英会と呼ばれていたJASSO(独立行政法人日本学生支援機構)が行っています。奨学金には無利子奨学金と有利子奨学金がありますが、無利子奨学金は成績要件とか経済条件に関する要件等があって借りるのが難しいといわれていますが、アイヌ民族の子弟については無利子奨学金に対する要件を緩めて、一般の学生よりも借りやすくしようというのが具体的内容です。ただし、これはアイヌ子弟であることを条件に無利子奨学金を借りやすくし、返還についても経済的理由による返還免除も可能にするなど、特別扱いをするので、アイヌの子弟であるということを認定する手続きを設けています。そこで、奨学金実施のため政策対象者となるアイヌの認定手続きを北海道アイヌ協会に委託しています。これは来年度以降も継続して募集が行われる見込みです。
 2つ目は「生活等相談への対応措置」です。これは全国規模でアイヌの人々に対する相談事業を行うというもので、2014(平成26)年度に公益財団法人人権教育啓発推進センターに委託して実施しております。こちらは厚生労働省の事業ですが、全国の方々が差別問題、生活問題等いろいろな問題に対して相談ができるようにということで電話生活相談窓口を置いています。その相談を受ける担当者の中にもアイヌの人々を配置しています。
 3つ目は「安定した就労への支援」です。アイヌの方々の職業訓練ニーズを把握して、訓練・相談体制の充実、新たな支援措置を検討するとしています。これも厚労省の事業として検討が進められています。
 4つ目は「首都圏における交流の場の確保」です。交流の場を確保するために、首都圏で暮らすアイヌの方々に現時点でどのような施設を要望するかという意見を確認して、具体化に向けて検討を進めているところです。現時点では既に東京駅の八重洲口側に「アイヌ文化交流センター」が設けられており、アイヌの方々が活用できる場はあるにはあるのですが、「火をたいて儀式ができる場がほしい」といったような具体的な要望もあるので、それも含めて新たな在り方を検討しているということです。

 最後に「イランカラプテキャンペーン」についてお話しします。これは先ほど申し上げました国民理解の促進に関わるキャンペーンとして現在進められているわけですが「イランカラプテ」というのはアイヌ語の挨拶で、「こんにちは」に相当するアイヌ語です。それを北海道のおもてなしのキーワードにしよう。ハワイにおける「アロハ」とか沖縄における「めんそーれ」みたいなものとして確立・普及させようという、パイロットプロジェクトとして国において進めているものです。2013(平成25)年度~2015(平成27)年度の3年間を重点実施期間として推進協議会をつくり、民間のサポーターに協力をお願いしながら進めているところです。ご覧いただいているスライドのトップページにも、こんなマークが付いていたと思います。これがそのキャンペーンロゴで、これはアイヌの伝統的文様をハートのマークと組み合わせてデザインしたものです。英語版もありますが、こういったものをロゴマークとして使いながら「イランカラプテ」という言葉を広げていきたいと考えています。あとはさまざまな取組を行っています。

 今日は限られた時間でお話できることも制限されましたので、今後こういったことについてより詳しく知りたい、あるいは調べる必要が出てくるということもあろうかと思います。そのときに手掛かりになりそうなインターネット・サイトをご紹介しておきたいと思います。
 1つは、アイヌ政策全般についての担当は「内閣官房アイヌ総合政策室」でこれがそのホームページになります。
 ([内閣官房アイヌ総合政策室] http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/index.html)これをご覧いただければアイヌ政策全体の流れ、現在どのようなことが行われているかということが詳しく書かれていますので、関心のある方はこちらのホームページをご覧いただきたいと思います。
 それからアイヌ文化全体について知りたい、どういう文化的特徴があるのか、どういう伝統があるのかという、アイヌ文化の中身について最も詳しい情報提供を行っているのが先ほどご紹介した白老にある「アイヌ民族博物館」です。現在は民間で運営されている博物館ですが、そこのホームページが大変詳しいかと思います。
 ([アイヌ民族博物館 ]http://www.ainu-museum.or.jp/)

 次に、皆様がアイヌ民族やアイヌ文化、アイヌ民族の歴史に関する講演会を開催したいとか、文化体験の講座を企画したいというときにご利用いただける組織をご紹介します。先ほどご紹介した1997(平成9)年のアイヌ文化振興法によってつくられた「アイヌ文化振興研究推進機構」という公益財団法人です。全国どこでも無料でアドバイザーを派遣してもらえるという事業を行っています。こちらをチェックしていただくと、全国どこでもアイヌ民族自身、あるいはアイヌ文化に詳しい専門家を派遣してもらって、講演会を開催したり文化体験の集まりなどを実施することができますので、ぜひ活用していただければと思います。
 ([(公財)アイヌ文化振興・研究推進機構]http://www.frpac.or.jp/)

 次は先ほどご紹介した東京にある八重洲口の側にある「アイヌ文化交流センター」です。東京や近郊にお住まいの方で実際にアイヌ文化に触れてみたい、あるいはアイヌ文化に関する展示も見たいと思われましたら、いち早く使えるのはこちらです。展示コーナーもあります。
 ([アイヌ文化交流センター] http://www.frpac.or.jp/cultural_exchange/index.html)

 それからアイヌ民族について少し専門的な相談をしたい、学術的なことについて意見を聞きたいとか、あるいは調査をする手掛かりを教えてほしいという場合には、北海道庁がつくった「北海道立アイヌ民族文化研究センター」がそのようなリファレンスサービスを行っています。
 ただし、これは来年(2015(平成27)年)の4月に北海道博物館と統合する予定です。しかし現在は普通に活動していますのでこちらのホームページなどをチェックしていただけるとよいかと思います。
 ([北海道立アイヌ民族文化研究センター]http://www.frpac.or.jp/cultural_exchange/index.html)

 最後になりますが、今アイヌに関するいろいろなイベントが行われています。私の属する北大のアイヌ・先住民研究センターを冒頭ご紹介しましたが、実は私どものセンターも今週末に台湾の原住民族を招いて北海道でシンポジウムを行います。同じ曜日に他のアイヌ民族に関するシンポジウム等が2つあって、3つのシンポジウムでお客の取り合いという、うれしいような、悲しいような事態になっています。そういったいろいろなアイヌに関するイベント情報はこの「ピリカカンピ」というところで見ることができます。これは北海道だけではなく、全国で行っているアイヌ民族に関するいろいろな講演会とかシンポジウム、展示という情報を集約する場所になっています。Facebookですけれども一般に見ることができます。こちらをチェックしていただくと、今何が行われているのかがご覧いただけるかと思いますので、是非ともチェックしてみてください。
 ([ピリカカンピ] https://www.facebook.com/pirkakanpi)
 本日の私のお話はこのようなところです。長時間お付き合いいただきまして誠にありがとうございました。