平成26年度人権啓発指導者養成研修会 採録コラム

名古屋会場 講義3 平成26年10月2日(木)

  「犯罪被害者から見た社会と人権のあり方」

著者 被害者と司法を考える会 代表
片山 徒有
寄稿日(掲載日) 2015/03/16


犯罪被害者の視点について
 本日は、私が直面した交通事故と、被害者支援についてお話ししたいと思っています。
 1997(平成9)年の11月に事故が起きました。事故というのは突然起きます。さっきまで元気だった人がけがをする。場合によっては命を落とすこともあります。私の場合も突然、家族の被害と向き合わなければならない状況になったのです。
 11月28日の金曜日の事でした。非常に微妙な季節で、日増しに気温が下がってきます。そんな中、私は仕事に向かう車の中で家からの電話を取りました。息子の隼(しゅん)がけがをしたらしいので病院に来てくださいという話でした。ちょっと変だな、けがぐらいで連絡が来るかな、と思いつつも慌てて飛んでいきました。しかし、車がなかなか動かない。その時は、年末が近い金曜日というのは渋滞が多いな、と考えていたのですが、まさかうちの子どもが交通事故に遭ったために、近くの道路がすべて遮断されていたなどとは思ってもみませんでした。
 そのとき私は息子が死んだと思っていませんでした。直ちに手術に入る、あるいは別の病院に移るのだろうと思っていたのです。ただ、頭のどこかでは、いや、そんなことはないかもしれない、もしかすると本当に命がないのかもしれない…とも思いました。近づくとドクターが出て来て「片山隼君のお父さんですか?」と聞かれたので「そうです」と答えました。ドクターは「既に亡くなっていました。ついてはお父さんに身元確認をお願いします」と言うのです。その時のショックは、言葉で表すことはできません。
 霊安室の中はテレビや映画で見るのとは違って殺風景な部屋でした。事務室と言っても通用するぐらい、ごくありふれた部屋だったと思います。ただ、窓はなかったという気がします。真ん中に金属性のトレーがあって、その上に工事現場で使う青いビニールシートが置かれていました。一瞬、部屋を間違えたのかもしれないと思いましたが、そうではなくて、実は、それがうちの子どもだったのです。
 私はデザインの仕事をしていて、病院設計にも関わってきたため、救急救命医療の現状というものをよく知っています。かなりの患者さんが助かるのです。それなのにどうしてうちの子が亡くなってしまったのだろう。できることなら自分が変わってやりたい、何でなんだろう、何でなんだろうと、ずっと考えていました。そのときにお巡りさんが近寄ってきて、「交通事故です。ひき逃げでした。運転手は今逃げています。必ず捕まえますから信頼して待っていてください、子どもの死亡事故、ひき逃げ事故というのは東京都内でもワースト3のファクターに入っています。だから必ず捕まえます」とおっしゃいました。
 身元確認が終わると意外とすることがなくなります。病気で他界されるという人の場合は、病院から家に連れて帰って、お友達やご親せきが集まって来て、お別れはどうしようかといった相談をするものだと思います。ところが犯罪被害者になるとそうではありません。なぜかというと司法解剖という手続きがあるからです。これは真相究明のために必要なものだからと言われて我々もサインをしました。その手続きが終わるまで体は帰って来ないのです。病院からうちに帰っても日常生活はそのままです。さっきまで食べていたヨーグルトはそのまま、着替えたものも残っている。「さっきのはうそだよ」と言っても不思議ではない、そんな感じでした。
 ただいつもと違ったのは、電話がたくさんかかってきたことです。お昼のテレビニュースで息子の事故がかなり大きく報道されたようです。私たちは見ていないのですが、「小学校2年生の片山隼君が学校に行く途中、ダンプカーのひき逃げに遭いました。犯人はいまだに逃走中」というような内容だったそうです。多くが息子の友だちのお母さんからの電話でした。私は身元確認をしたものの、まだ信じられなくて「きっと間違いないんです」とあやふやな返事をしました。ありがたいもので、お友達やお友達のお母様が集まって来てくれて、「これからどうしようか」ということを話し合う場ができました。
 その頃は、「この先僕たちはどうなっちゃうのだろうか…」と、ただただ不安と恐怖でいっぱいで、このような困ったときに助けてくれる人がいることが本当にありがたいと思いました。このことが後々、自分が被害者支援をやっていこうという動機付けになっていくわけです。
 当時、交通事故で年間1万人ぐらいの方が亡くなっています。10年経つと10万人、小さい町が全員亡くなるような数字でもあります。交通事故でけがをした人は年間約100万人です。皆さんの中にも、ご自身が交通事故に遭ったことがある、あるいはご親せき、お友達、ごきょうだい、ご近所さんが被害に遭ったことがある方がいるかと思います。それほどまでに交通事故はたくさん起きているのです。
 ではどうすれば交通事故は減るのでしょうか。ある人はもっと厳しい罰則を科せばいいと考えます。しかし、私は厳罰を科すより教育が大切だと思っています。いろいろな地域で、子どもたちを集めた交通事故研究会が少しずつ行われていますが、私もゲストとして呼ばれたことがあります。子どもたちが通っている通学路で、危ない場所探しをやりました。例えば歩道の段差が大きいところ、トラックの出入りが頻繁でガードマンがいない場所、ガードレールが付いていない場所、横断歩道が子どもには渡りづらい場所などをチェックし、実際に運営している企業、学校、警察などに行って、どうして現状が変わらないのか子どもたちが尋ねるという取組です。「気が付かなかった」という答えが多かったです。でも、翌年行ってみるとそれがかなり解消されていました。このような取組が、安全なまちづくりにつながるのではないかと思います。しかし、実際に事故に遭ってしまった人の話を聞くと、誰もが危ないと思うような所より、むしろ、見通しのよい交差点などが多いようです。両者共にどちらかが止まると思ったけれど止まらずに側面衝突をし、大変な事故が起きてしまったということもよく聞きます。最近は子どもの事故や自転車の事故が非常に増えています。自転車専用道路をつくろうという考え方もあります。これも確かに大事なのですが、抜本的な見直しも必要ではないかと思います。

 

 隼の事故に話を戻します。私は事故の理由を知りたいと思いました。ほとんど自宅の目の前と言っていいような場所で起きた事故ですから、毎朝、毎晩必ずその事故現場を通ります。血だまりも非常に広範囲に渡っていて、とても大きな事故だったことは誰にでも分かります。しかし、どのような事故だったのか、逮捕されたドライバーは何を考えているのか、どうして逃げてしまったのか、それが少しも伝わってきませんでした。そこで警察に行って「事故の理由を教えてください」と何度も尋ねました。すると「それは答えられない。裁判になれば分かるから」と言われただけだったのです。しかも被害者側の事情聴取はとても長いものでした。まさにテレビドラマに出て来る被疑者に対する取締りのようでした。
 何を聞かれたのかというと、被害者自身についてです。どういう性格であったか、落ちつきのない子どもではなかったか、親の言うことをきちんと聞いたか、ルールを破るような子どもではなかったか、それから病気はなかったか、薬は飲んでいなかったか、つまり、突然車の前に飛び出すような子どもではなかったかということです。それを何度も聞かれました。これに関しては、隼は全く問題のない子どもです。親にしか答えられないことなので、これにはきちんと答えました。次に、加害者についてどう思うかと聞かれましたが、これには答えようがありません。一度も会ったことのない人ですから、何も分かりません。損害賠償はなし、それで終わりました。次が大変でした。加害者に対する処分をどう考えるかということです。これは難しい。さらには量刑について聞かれたわけですけれども、どういう事故か教えてくれなければ答えられません。
 私は、亡くなった息子と対面したときに、本当に大変なことになってしまったと思いました。司法解剖の結果では全身挫滅と診断され、体中の皮膚と骨が砕け散って剥離している状態であると記載されていました。それほどまでにひどかったのです。ですから警察に、「どうしても事故捜査の結果を知りたいので教えてください」と言ったのです。しかし、「答えられない」というばかりでした。検察庁に行けば教えてくれると聞いたので、1998(平成10)年1月23日に東京地方検察庁に行きました。この日も事故の日と同じくらいに大変な日だったことを記憶しています。検察官がとても嫌そうな顔をして出て来て、資料を目の前に積んで、表紙だけ見て、「既に処分は出ています。不起訴処分です」と言うのです。私は不起訴処分という言葉を知らなくて、「それは何ですか?」と聞きました。「起訴されない」ということです。「無罪ですか?」と、思わず聞きました。「いや、無罪にもなっていません、裁判は開かれません」。
 やっと、これはとんでもない事態だということが分かってきました。「どういうことですか?その理由を説明してください、どうしてそうなったんですか?」と聞くと、「答えられません。被害者に答える義務はないのです」。執拗にそればかり言っていました。こちらも困り果てて、「だって教えてくれなければ困るじゃないですか」。私が警察署で取り調べを受けた日よりも前に不起訴処分が出ている。事故から20日後には、不起訴処分になっているのです。「これって、おかしくないですか? 不起訴処分になった時に、地元の警察署は一生懸命捜査していましたよ。私が事情聴取を受けたのは、もっとずっと後ですし、不起訴処分だと判断するのが早すぎませんか?」と言うと、「それについてもお答えのしようがありません」という返事でした。仕方がなくてそのまま家に帰って来ましたが、このような対応を検察庁にされたために、検察審査会に申し立てをしようと決めました。もしあの時に、起訴されていたら今日の私はいなかったと思います。あの時から被害者とはどのような存在であるのかを考えるようになりました。どうしても事件化できない理由があるのであれば、例えば何台もの車が息子の体の上を通り過ぎていって、誰が轢いたか分からないということであれば、なるほどそれも分かります。「頑張って捜査を続けて真犯人を見つけてください」と言えるのですが、どうもそういうことでもなかったようでした。私たちは困り果てて、自分たちで目撃者を探す決心をしたのです。
 朝の事故だったので6時~9時、10時ぐらいまで現場に立って、歩行者にビラを配って、「この子を見ませんでしたか? 事故を見ませんでしたか?」と、延々と目撃者を捜し続けたところ、やがて1人、また1人、事故を見たという人が出て来ました。本当にありがたいと思います。専門家から、「事故が起きると大きな音がするので、その後の目撃者は多いかもしれないけれど、本当にその瞬間を見ている人はいないと思うよ」というアドバイスを受けたのですが、実際にはその瞬間を見ていた人が何人もいたのです。ダンプカーの運転手が前をよく見ていなかったこと、息子が一生懸命逃げている様子を目撃した人、またパッシングライトで子どもが走って逃げていることを教えた人、クラクションを鳴らして、窓から手を振って「子どもがいる!」と叫んでくれた人もいました。横断歩道から車道を走って逃げる息子の姿を見ていた人たちが何人もいたのです。こういうことを警察や検察は調べていません。当初の警察の実況見分調書の図面には、ガードレールの記載がない。横断歩道上でダンプカーにぶつかり、はねられた。でも一生懸命走って逃げようとした先にはガードレールの切れ目があったのです。そのために逃げ切れなかった。もし1回でも検察官が現場に来てその図面と照らし合わせてみれば「これはおかしいな?」と気付くはずですが、残念ながらそれもなかった。そういうことだと思っています。
 私たちは再捜査を求める署名活動をしましたが、加害者を厳罰に処してほしいということではありません。きっと他にも困っている被害者がたくさんいると思ったからです。このような事故捜査について、もっと精密に客観的に行ってほしい、被害者にも情報公開してくれるような仕組みをつくってほしい、そういうことを願って再捜査を求める署名活動をしたのです。今、さまざまなところで、例えば量刑について訴因変更を求める署名活動を行っている被害者やご遺族もいます。そういう方々は、「より重い刑罰を下してください」ということを全面に出されていますが、私の求めたことは、きちんとした捜査、より透明性の高い捜査をしてほしいということです。そのような捜査によって誰もが信頼できる社会ができるに違いないと思うからです。その結果24万人という非常に多くの賛同署名をいただきました。

被害者の人権 社会と人権
 事件そのものはとても時間がかかりました。その後、裁判になったのですが、被告人側の弁護士が「1度不起訴になったのだから無罪でいいじゃないか」と言いだして、ずいぶんつらい思いをして最終的に終わりました。そのときつくづく思ったのは、やはり人権を守るためには、誰もが幸せになるための政策が必要ではないかということです。最終的には皆が幸せになるためにというところが着地点ではないかと思います。
 法務省が掲げている人権課題の中には、犯罪被害者も入っているようです。他に注目したい人権課題としては、女性・子ども・高齢者があります。私が被害者支援をする中で、今、もっとも多いのはこの3つです。特に女性が被害に遭った場合は、自分から被害届を出すことが、他の犯罪被害者に比べてかなりハードルが高いということがあります。なぜかというと、捜査段階、あるいは裁判の段階で自分の経験を第3者に知られてしまうからです。ですから何人もの女性が、「やはり被害届を取り下げたい」とおっしゃる。実際に取り下げた方もたくさんいます。性的な暴力を受け、暴行も受け、本当につらい目にあっているのに、被害届けを取り下げた途端に犯罪被害者ではなくなってしまう。加害者から見るととても都合がいい話です。大変に痛ましい話だと思います。
 また、高齢者虐待も増えています。報道は少ないのですが、いろいろな施設に行ってみると明らかに家で虐待を受けたのではないかと感じる例が数多くあります。子どももお年よりも社会で見守るのだという考え方が根付いていかないといけないのではないかと思います。

 

被害者について
 次に、被害者というのはどのような人を言うのか簡単に整理したのでお話しします。犯罪被害者というのは、刑事司法手続きまでいった人です。犯罪の付かない被害者は、被害届を出したけれども取り下げてしまった人や犯罪のくくりに入らない人。例えば、近隣の騒音に悩まされている人などです。このような問題を考えるためのロールプレイがあるので、2つほどご紹介したいと思います。
 1つ目は、ごみ出しについて喧嘩になったというシナリオです。ゴミを出した人と、それを迷惑に思った人の役割を演じてもらい、ではどのようにしたらいいのか、そもそもごみというのは誰がどのようにして処理をするのが一番いいのだろうか、という話し合いをしてもらいます。町内会での出来事という設定で行いますが、視点を広げて考えれば原子力発電所の汚染物質の処理問題にも通じることではないでしょうか。最終的にはある程度みんなが納得するところまで話し合いを煮詰めていくことが大切なことではないかと思います。
 2つ目は、満員電車の中、たまたま急病人が出て、その人を助けるために電車が止まってしまったらという話し合いです。電車に乗り合わせる人はいろいろな目的を持って同じ車内にいますが、それを1つひとつ整理して、やはりその病人を助けることが一番いいのだ、という結論に至ったことがあります。
 次に遺族という問題です。テレビや新聞などでは遺族と一くくりにして終わってしまいます。誰かが亡くなると最初に出て来るのは父親や母親が多いです。若干意見が違う人の声はかき消されてしまう傾向があります。最たる例は亡くなった人のきょうだいです。お子さんが亡くなる。お父さん、お母さんが嘆き悲しむ、それは当たり前の話です。きょうだいももちろん悲しみますが、そういう異常事態が十何年も続くと、残るきょうだいも考えてしまうわけです。自分は愛されていないのだろうか、あるいは自分だってつらいのに誰に言ったらいいのだろう、そういう思いを抱える子どもは結構たくさんいます。そのような子どもの声を丁寧に聞き取るような仕組みが必要ではないでしょうか。
 では国や地方自治体はどうするのか。自分自身のつらさ、重さ、困っていることなどを言葉にできない被害者もたくさんいます。一番大事なのは、地方自治体や民間団体の人たちが日常生活に近いところで支えてくれることではないかと思います。私は今立ち直り支援を行っています。被害者の痛みや悲しみを共有することで回復を支えていくことが大切です。地方自治体は、市民生活と密接していますから、自治体の窓口の方が痛みや悲しみを共有しながら被害者支援をしていただければと思います。
 加害者も被害者と同じ地域社会に住んでいることもあります。そこで、また摩擦が起こることがあるかもしれません。誰かがやはりコーディネート、あるいは相談に乗るという仕組みが必要ではないかと思います。例えば、仮釈放、仮出院、保護観察処分等々が付いている場合は保護観察所がある程度やってくれますが、その期間が終われば何もなくなってしまいます。
 今、私は少年院刑務所に行って加害者少年の相談に乗り、立ち直り支援のようなこともやっています。もちろん、彼らは被害者に対して謝罪したいと思っています。本当に申し訳ないことをしたと思って地域社会に帰って行きます。しかし、たまたまコンビニで被害者に会ってしまったときに、すぐに、「申し訳なかった」といえるかというと、なかなかそうはいかないような気がします。

被害者の社会との関わり
 次に、被害者と社会との関わりです。被害を受けたとしても、日常生活を送らなければなりません。立ち直れないような悲しみに暮れていても、年月は経っていきます。同じところにずっと居続けるわけにはいかないのです。スパイラルのように巡り巡りながら回復していくというのが基本的な流れです。皆さん大変つらい思いをしていて、「ずっとこのままなのですか?」と聞かれますが、私は「暖かいミルクに薄い皮が張るような形で少しずつ元気になります。どんなにつらい人でも1年経つと本当に元気になりますよ」とアドバイスをしています。実際にそうなります。日本には春・夏・秋・冬と四季があります。季節が変わるときにだいたい皆さん具合が悪くなりますが、しばらくして春、夏が近づくと少しずつ元気になってくる、お日様に当たるとちょっと明るくなったりします。それが基本的な流れではないかと思います。
 修復的司法というのは刑事裁判とは違って被害者・加害者・地域の3者が直接関わって話し合いをするという仕組みです。オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ、いろいろなところで修復的な対話というものが行われています。もともと日本社会にもこういうものがあったという考え方もありますが、私も幾つかこのような事例を経験しました。賛否両論はあると思いますが、今までの司法と考え方が違うので大変興味深いものではないかと思っています。
 突然犯罪の被害に遭ったとき、被害者の心の中には憎しみや怒りが沸いてきます。それを加害者にぶつける人もいるだろうし、社会にぶつける人もいる。それを聞いた社会の方はどうするかというと、「被害者がそんなにつらいのであれば、加害者に対する処罰を引き上げれば良いのではないか」という方向になります。しかし、そのような社会が本当に良い社会なのでしょうか。社会には前科を持つ人がどんどん増えてくる。刑務所にいる人の数が増えてくる。世界の中で死刑がある国というのはそれほど多くありませんが、日本にはあります。日本は、国が人の命を奪うというところまで至ってしまいました。
 むしろ、加害者にこそ、立ち直りが必要なのではないかと思います。私は今、刑務所で無期懲役の受刑者のクラスを幾つか持っています。最初はとても緊張しました。無期懲役の受刑者というのは社会に出て来ることが非常に難しいと聞いていますので、私の話などは聞いてもらえないのではないかと思いましたが、そんなことはありませんでした。平均受刑生活が37~40年というクラスはお年寄りが多いのですが、何十年も前のことを具体的にとてもよく覚えています。罪から逃れるというつもりはなくて、日々施設の中で反省して来たことを話してくれます。かつては刑務所に教育制度がなかったので、他人に対して自分の話をする機会がなかったらしいのですが、話し合えば話し合うほど、自分が犯した罪に対する反省の言葉が出てきます。私は、彼らを隔離するのではなくて、一定の範囲社会に出してあげることが大事なことではないかと考えているところです。

犯罪被害者等基本法・基本計画
 被害者の問題については、いろいろな被害者が意見を出し合って国に要望した結果、2004(平成16年)に犯罪被害者等基本法が成立し、2005(平成17年)に施行されました。この法律は、犯罪被害者等(犯罪やこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす行為の被害者及びその家族又は遺族)のための施策を総合的かつ計画的に推進することによって、犯罪被害者等の権利利益の保護を図ることを目的としています。つまり、犯罪被害者への支援を「国・地方公共団体・国民の責務」であると位置づけているのです。その基本理念として、犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有することなどが定められています。
 国・地方公共団体が講ずべき基本的施策としては、例えば、
  1.相談及び情報の提供
  2.損害賠償の請求についての援助
  3.給付金の支給に係る制度の充実等
  4.保健医療サービス・福祉サービスの提供
  5.犯罪被害者等の二次被害防止・安全確保
  6.居住・雇用の安定
  7.刑事に関する手続への参加の機会を拡充するための制度の整備
 といった項目が掲げられていますが、これらを犯罪被害者の視点に立って実現することによって、その権利や利益の保護を図ることとしています。
 これは大変素晴らしいと思います。日本の全省庁がこれに関わるということです。しかし、同じ被害者といえども、当事者と遺族の思いには違いがあります。当事者というのは怒りというよりも恐怖心の方がはるかに強い。司法への期待というのはそれほどでもありません。仕返しをされる可能性があるのではないかという恐怖の方が強いのだと思います。それに比べて遺族はやはり怒りの方が強いです。加害者に対する怒りもあるし、社会に対する怒りもあります。もしかすると自分自身に対する怒りもあるかもしれない。司法への期待、司法だけではなく社会への期待も遺族は大変強く持っていると思います。

大きく変わる被害者の環境について
 ここ最近のことですが、いろいろな形で被害者の環境は変わってきました。例えば、1999(平成11)年より全国統一の被害者等通知制度を実施するようになりました。被害者や親族等に対し、できる限り、事件の処分結果、刑事裁判の結果、犯人の受刑中の刑務所における処遇状況、刑務所からの出所時期などに関する情報を提供できるようになりました。参考人に対しても、希望があれば、できる限り、事件の処分結果、刑事裁判の結果、犯人の刑務所からの出所時期などに関する情報を提供しています。
 また、2004(平成16年)に裁判員の参加する刑事裁判に関する法律が成立し、2009(平成21)から裁判員制度が始まりました。裁判員制度とは、国民が裁判員として刑事裁判に参加し、被告人が有罪かどうか、有罪の場合どのような刑にするかを裁判官と一緒に決める制度です。国民が刑事裁判に参加することにより、裁判が身近で分かりやすいものとなり、司法に対する国民の信頼の向上につながることが期待されています。
 2008 (平成20)年には、被害者参加制度が施行され、一定の事件(殺人、傷害、危険運転致死傷などの故意の犯罪行為により人を死亡させたり傷つけた事件や、強姦・強制わいせつ、逮捕・監禁、過失運転致死傷など)の被害者や遺族などが、刑事裁判に参加して、公判期日に出席したり、被告人質問などを行うことができるようになるなど、かなりの場面で被害者の意見をその都度言うことができるようになりました。これは大きな変化だと思います。

最近の変化 少年問題の環境を考えるステップ
 最近、私は少年法※の問題に多く関わっています。少年法は、将来のある人間を更生させ社会に戻すことを考えてつくられた法律です。日本の場合、罪を犯した子どもでも、その子の成長を期待して、立ち直れるように支援していこうという文化が昔からあったと思います。ところが欧米では、子どもでも普通に刑事裁判にかけられて、場合によっては名前を変えなければ生きていけないような場合もあります。日本でも、だんだん厳罰化が進んできています。少年事件自体は減ってきているのですが、凶悪事件が起きるたびに、たとえ少年であっても罪に見合う罰を与えるべきという声が起こり、少年法は厳罰化の方向へ改正が重ねられてきたのです。ですから、一部の凶悪な少年事件については、成人に近い処分がくだされる可能性が出てきました。
 重大な罪を犯した者は、たとえ少年であっても自分の行ったことを償わなければならないのは当然のことです。しかし、厳罰化だけでは犯罪が抑止できるとは限りません。犯罪を犯す少年の中には家庭環境に恵まれないケースや虐待を受けて育ったなど、さまざまなケースがあります。刑罰とともに教育・福祉にも配慮し、立ち直りを果たせるように進めていくことが必要だと思うのです。ずっと厳罰化の流れを押し進めていってしまうと、刑務所に入りっぱなしの人が増えていく。そういう人を隔離してしまって本当に社会の安定や成長はあるのだろうか、ということも考えます。

※少年法
1949(昭和24)年の少年法施行以来50年ぶりとなった2000(平成12)年の改正で、刑事罰対象年齢を「16歳以上」から「14歳以上」に引き下げ、16歳以上の重大犯罪を「原則逆送」と定めた。改正のきっかけは、14歳未満による凶悪殺人事件が相次いだことにある。2014(平成26)年の改正では、18歳未満の少年に対し、無期懲役に代わって言い渡せる有期懲役の上限を、15年から20年に引き上げた。また、不定期刑も「5年〜10年」を「10年〜15年」に上げ厳罰化の方向性が鮮明になった。

少年院 刑務所での関わり
 特に注目したいのはやはり教育だと思います。私はいま、少年院で講話や授業などの個別的な関わりを行っています。この中で共通しているのは、「みんなが幸せになろうね」という話をどこでもしていることです。
 教育というものがとても大事です。スポーツを通じた教育が結構いいのではないかと思っています。実は、いま日本にある少年院52施設でどのようなスポーツが行われているか、それがどのような影響を与えているかという調査を行っています。少年院は閉ざされた世界ですが、子どもたちの能力を引き出して社会に通用するようにするためのプログラムをいっぱい持っています。面白いことに、地域のスポーツクラブの人たちが少年院に行って交流試合をやっている例もありましたし、プロのサッカーチームが少年院に行って指導をしているのです。中には少年院のサッカーチームが地元のスポーツクラブの大会に出ている例もありました。大変素晴らしいことではないかと思います。スポーツには必ずルールがあって、その中で自分の技術を磨き強調性を学んでいく。体を動かすことを通じて他の人と関わりを持つ、そしてみんなで一緒に喜び合うということが、もしかすると人権意識の基盤を確固たるものにしていく上で役立つのではないかと考えています。

被害者の求めるものの基本
 今朝、ユニセフという団体がビラ配りをしていました。実は亡くなった息子が幼稚園でユニセフの貯金箱をいただいて来たことがあるのです。「これは何?」と聞いたら、「海外にいる薬が買えない子どもたちのためにお金を貯める貯金箱」というのです。そして、「僕はお小遣いの中から少しづつ入れる」と宣言しました。
 それが私の記憶に残っていたものですから、加害者が謝りに来たときに、これがうちの息子が残した貯金箱ですとお話ししました。そして、「ここに一緒に寄付をしましょう」と言ったのです。それは、その場で私がフッと思い付いたことですが、彼とそういう約束をしました。「息子は亡くなってしまったけれど、僕らは頑張って生きていく。でも、あなたが本当に反省して、頑張って生きていくのかどうか、僕らには分からない。だから、この貯金箱に入れるためのお金を送ってください。僕も同じだけの金額をそこに入れてまとめてユニセフに送金します」と言いました。とっさの思い付きですが、そのことによって、彼と私には共通の目標ができると思ったのです。
 加害者と2時間くらいの会話でしたが、最初は全く話が噛み合いませんでした。しかし私は、これだけは何としても分かってもらわなければいけないと決めていたことがありました。それは、息子の命がなくなってしまったという事実です。それを、彼も私も忘れないで一生考え続けて行かなければならない。その約束をこの場で絶対取りつけなくてはいけないと思ったのです。それだけはできたのでよかったと思っています。
 もちろん息子がいなくなったことは寂しいです。だけれども、もう息子は帰ってはきません。いくら加害者を恨んでみてもどうにもなりません。例えば、もし、加害者を世の中から抹殺したいと思い込んでしまったら、私はもっとつらかっただろうと思います。自分自身のトゲに刺されてしまって、もっともっとつらかったのではないだろうかと思います。
 被害者の求めているのは、本当のことを教えてほしいということ、心からの謝罪がほしいということ、誰にも2度と同じ思いをしてほしくないということ、それから時計の針を元に戻してほしい、亡くなった家族に戻って来てほしいということです。いくら望んでも無理なことだと分かっていても、亡くなった息子に戻って来てほしいと今でも思います。
では今日はこれで終わります。ありがとうございました。