平成27年度人権啓発指導者養成研修会 採録コラム

京都会場 講義5 平成27年11月10日(火)

  「外国人の人権を守るために -地域コミュニティの再生と外国人政策の改革-」

著者 関西学院大学経済学部教授
井口 泰
寄稿日(掲載日) 2016/05/14


 私は、2003(平成15)年から、外国人集住都市会議にアドバイザーとして関わっている関係で、今日は外国人の人権についてお話しします。
 外国人集住都市会議というのは、ニューカマーと呼ばれる南米日系人を中心とする外国人住民が数多く居住している都市の行政や国際交流協会等で構成しています。外国人住民に係わる施策や活動状況に関する情報交換を行うなかで、地域で顕在化しつつある様々な問題の解決に積極的に取り組んでいくことを目的として設立されました。外国人住民に係わる諸課題は広範で多岐にわたります。就労、教育、医療、社会保障など、法律や制度に起因するものも多いことから、必要に応じて首長会議を開催したり、国・県及び関係機関への提言をしたり、連携しながら取組を行っています。今、静岡県の浜松市が座長、日本で最もブラジル人が多い市です。現在、28の都市で運営しています。
 外国人集住都市会議ができて、すでに10年以上経っていますが、この間、外国人政策に関して制度と実態がかなりずれてきているため、毎年のように政府への要望を繰り返し、いろいろな実態調査を行ってきました。おかげさまで2009(平成21)年に、出入国管理及び難民認定法(入管法)と住民基本台帳法(住基法)が改正され、住基システムに外国人の方を統合することができました。

※平成26年の通常国会において、「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律」(平成26年法律第74号)が可決・成立し、平成26年6月18日に公布されました。この改正法は、経済のグローバル化の中で、我が国の経済の発展に寄与する外国人の受入れを促進するため、高度の専門的な能力を有する外国人に係る在留資格を設ける等の在留資格の整備を行うほか、上陸審査の手続の一層の円滑化のための措置等を講ずるものです。
 http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/c-gyousei/zairyu/
 我が国に入国・在留する外国人が年々増加していること等を背景に、市区町村が、日本人と同様に、外国人住民に対し基礎的行政サービスを提供する基盤となる制度の必要性が高まりました。
 そこで、外国人住民についても日本人と同様に、住民基本台帳法の適用対象に加え、外国人住民の利便の増進及び市区町村等の行政の合理化を図るための、「住民基本台帳法の一部を改正する法律」が第171回国会で成立し、平成21年7月15日に公布、平成24年7月9日に施行されました。
 本法律の施行により、外国人住民に対して住民票が作成され、翌年平成25年7月8日から、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)及び住民基本台帳カード(住基カード)についても運用が開始されました。

 本日、皆さんにお話ししたいのは、現在の外国人の置かれている状況が、1980年代の終わりから90年代初めの頃と比べてずいぶん変わってきているということです。次に、外国人の政策、特に人権に関わる政策がどこまで達成できたのか、現在の状況をぜひ知っていただきたい。そして、地域からできることはどのようなことなのかを考えてみたいと思います。
 もちろん、この問題を考えるとき、国の制度や財政面の支援はどうしても必要ですが、やはり、地方公共団体あるいは地域レベルで草の根からやっていかなければどうしようもない部分が多いからです。
 最近、行政の抱える様々な課題について、いわゆる立法というハードローだけではなくてソフトローの必要性が言われていますが、まさに、この外国人の人権問題は、ソフトローが必要だと言えます。 ソフトローというのは、地方公共団体の取り組みだけではなくて、さまざまな地域での取り組み、あるいは住民サポートの仕組み、一人ひとりのボランティアの努力、そういったものが法制度を支えているのであって、法律を作ってしまえばそれで終わりではないのだという考え方です。
 いま日本では、高齢化が進み、地域によっては、県内の半分、あるいは2/3が過疎地になっているところもあります。日本の若者は、大都市に集中する傾向がありますが、外国人の人口の分布というのは比較的広がっているので、これからは、地域の活性化を外国人の住民と共に取り組む時代になるのかもしれません。

 それでは最初に、いま、欧州を襲っている難民危機のことも頭に置きながら、日本は将来、あるいは近未来に難民を受け入れることが可能なのか、あるいは受け入れるべきなのかといったことを考えていきたいと思います。
 難民とは、いわゆる1951(昭和26)年の難民の地位に関する条約(難民条約)に基づいて、「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人々のことを指しています。自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるということを立証しなければ実は難民として認められません。

 いま、世界では難民問題に大きな関心が寄せられています。特にIS(イスラミックステート)と言われている過激派組織のために、シリアでは多くの人々が国外に移住を迫られている。このシリア難民が、毎日、ハンガリーの国境からEUの圏内に流入していますが、なぜこれほど多くの人たちが突然ヨーロッパに向かって動き出したのでしょう。
 この人たちの多くは、一度シリアの外へ出てトルコやヨルダンなどの難民収容施設にいた人たちですが、あまりにも人が増え過ぎて、栄養も十分に取れない、子どももこのままでは教育が受けられないということがはっきりしてきたために、このまま難民収容所にいてもだめだと見切りをつけて、ヨーロッパを目指したのです。
 要するに、難民キャンプに対する支援が滞っていたために、大量流出が起きたと思われます。初期の段階で、各国が拠出をしてしっかり難民キャンプの生活を支えることが重要だったのでが、今回はそれが間に合いませんでした。
 ようやく、ヨーロッパが動き始め、EU域内ではとりあえず12万人の人を分担して受け入れようといっていますが、実際はほとんどの人がドイツを目指しています。
 この人々が、なぜヨーロッパを目指しているのかということについて二つの側面から見ていかなければなりません。
 ひとつは、彼らは、母国にいても生きる希望がないということです。未来に対する希望を失っている。未来への希望や勇気を持って困難に立ち向かえるかどうか、それが重要です。それができなくなった時に、人は自分の可能性の多くを失ってしまうのではないかと思うのです。
 しかしこれはある意味一面です。今、難民と言われている人々のうち、かなりの部分は難民条約のいうところの難民には該当しない人たちだからです。とにかくこの機会に豊かなヨーロッパに移住したいと思っている人がたくさん混じっているため、本当の難民に、いつまでたっても認定がおりないという問題が起きているのです。
 実は、日本でも同じことが起きています。2014(平成26)年の難民申請件数は5,000人を超えましたが、難民と認定されたのはたった11人しかいませんでした。豊かな日本に移住したいと思っている人がたくさん混じっているため、本当に困っている人の手続きが遅れているのです。
 今の日本の難民認定の仕組みというのは、宗教的、政治的な迫害を受ける恐れを全て証明しなくてはならない極めて厳しいものであるため、正式に難民と認定された人は11人ですが、日本では、難民認定申請は却下されても、難民であるという疑いが完全に払しょくできない、あるいは帰国したら非常に厳しい状態に陥ると予想される人に対しては、特定活動という在留資格を与えています。1,600人くらいの人がこの許可を得たとみられます。
 問題はこういう人たちがすぐには就労できないということです。基本的には半年間は就労できません。もっと問題なのは就労しようと思っても日本語という大きな壁が立ちはだかっているということです。
 日本では、難民認定された人たちは、ほぼ半年間の日本語研修や職業訓練などを受けてから一般の生活を始めることになっていますが、日本語というのは非常に難しい言語ですから、継続的にサポートしないとこの人たちが日本の社会の中で成功する見込みはほとんどありません。低賃金労働の場所を転々とし、消耗しきって最後は生活保護の受給に行きつくことになってしまう可能性が高い。ある地域の調査では、ベトナム難民のうち35%がすでに生活保護の受給者になってしまっています。
 では、ヨーロッパではなぜ難民を受け入れられるのでしょうか。それは、長年培った地域のいろいろなインフラがあるからです。スウェーデンでもフィンランドでもドイツでも、地域にその国の言語を低料金で勉強できる施設と人員が整っている。日本にはそのインフラがありません。
 それにしても、今回の難民問題は、これまでにない大きな影響をヨーロッパの国々に与えるでしょう。今回の難民問題に対するヨーロッパの動きは、これからの日本に多くの示唆を与えてくれると思います。

次にヘイトスピーチと多文化共生についてみていきましょう。
 いま、日本ではヘイトスピーチが問題になっていますが、人種差別禁止条約の第4条では、ヘイトスピーチは認めてはならない。ヘイトスピーチに対して各国は実効性のある対策を取らなければならないことになっています。 しかし、日本はあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別禁止条約)を批准していますが、第4条のAとBの部分については留保していて批准の対象にしていません。公的な立場にある人がヘイトスピーチをしてはいけないという事が書かれているCは批准しています。  

第4条
 締約国は、一の人種の優越性若しくは一の皮膚の色若しくは種族的出身の人の集団の優越性の思想若しくは理論に基づくあらゆる宣伝及び団体又は人種的憎悪及び人種差別(形態のいかんを問わない。)を正当化し若しくは助長することを企てるあらゆる宣伝及び団体を非難し、また、このような差別のあらゆる扇動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する。このため、締約国は、世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って、特に次のことを行う。
(a)人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。
(b)人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし、このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。
(c)国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと。

 ヘイトスピーチとヘイトクライムとは区別しています。ヘイトクライムというのは特定の人物、特定の個人に対して誹謗中傷をくり返すことですが、ヘイトスピーチというのは特定の集団に対して侮辱的な言葉を発することです。なぜヘイトスピーチを禁止しているかというと、ヘイトスピーチによって、特定の集団に属している人たちが精神的に傷つけられることが一つ。もう一つは、特定の集団を名指しで誹謗中傷することによって、そのような感情をマジョリティであるその国の多くの人に植え付けたり、扇動行為を行ったり、結果的にマイノリティの人たちを危険にさらすことになるからです。
 実は、1990年代までは日本にはヘイトスピーチはあまり存在しないと言われていたのですが、最近、川崎市、京都市、大阪市などで、在日韓国人朝鮮人の方々が住んでいる地域に向ってヘイトスピーチが盛んに行われるようになりました。

 その川崎市には、70~80か国ぐらいの国籍の方が住んでいます。国際結婚も多いし、在日朝鮮韓国人の方も多いですね。多文化共生という言葉が最初に使われたのも川崎市ではなかったかと思います。いろいろな人々が交わって住んでいて、お互いにコミュニケーションが取れないような、いつ対立が起きてもおかしくないような地域で掲げられたのが「多文化共生」という旗だったわけです。
 しかし、多文化共生といっても決して共通言語としての日本語を軽視しては成り立ちません。やはり外国人の方々にしっかり日本語を学んでいただいて、共生していく必要があります。

 私どもの調査、外国人集住都市の3年前の調査では、10年間日本にいる外国人のうち11~12%くらいの人しか新聞を読むことができないという結果がでています。日本語を話すことに何の違和感もない外国人でも、読み書きとなると非常に難しい。この人たちが職場に入ろうとしても、記録を読めない、あるいは書けない事が大きな障害になって就労する機会が閉ざされています。
 私たちはその方々に対して支援をしていかなければなりません。しかし、同時にこの人たちにも日本の社会の中で生きていくために、自分の力をつけていく努力をしてもらわなければならないのです。特に雇用の場をしっかり確保して、子ども達に教育を受けさせるというある種の義務を負っていただかないといけないと思います。
 しかし、言語の習得には時間や努力が必要ですから、なかなかその気になってもらえません。そこで、2004(平成16)年に豊田市で行われた集住都市会議では、この理念を明確に定義しました。そこに、「文化の違い、個性の違い、そういったものを認め合い、同時に健全な市民社会を維持していくための権利の保証と尊重、そして義務の遂行をしていきましょう」ということを書いたのです。ここで権利と義務、両方書いたということが重要なポイントになります。
 外国人集住都市は、住民税の収納率、国民健康保険の収納率が低い傾向があり、その中でも外国人が特に低いのです。外国人にも地域を支えてもらうのですから、是非自分たちの街への帰属意識を持ってもらわなければならないのですが、税金も支払わないし保険にも入らない。子どもができたり、永住権を取ったりした方はかなりの割合で納税もしていますが、永住権を取るのに一般的には10年はかかります。
 日本人と結婚した方は4年数か月で永住権が取れますが、この人たちは離婚が非常に多いのです。一度取った永住権は消えません。フィリピンなどから日本に花嫁としてきた人たちは離婚をしている人が多いですし、しかも、シングルマザーが多いので、集住都市ではフィリピン人の家庭と子ども達の問題には頭を痛めています。
 南米日系人の方々へのサポートはこの15年ぐらいの間にずいぶん進んできたため、小中学校の不就学、不登校という問題についてはだいぶ良くなってきましたが、アジア系に対するサポートがとても弱い。そういう意味ではフィリピンだけではありません。ベトナムや最近ではネパールの方がとても増えていますが、その人たちと子ども達へのケアがなかなか行き届きません。このように外国人の方々を数多く受け入れている都市であればあるほど問題が大きくなってきているのが現状です。
 小学校の低学年のクラスの中に外国人が3~4割という学校もあります。また、20歳代前半の4人に1人は外国人という町もあります。日本人の出生率が低いことと、若いカップルがどうしても大都市に流れてしまうため、中堅都市や過疎の町になるとむしろ外国人のほうが多いのではないかと錯覚にとらわれることもあるくらいです。
 東京都新宿区の大久保小学校に行かれると分かると思いますが、だいたい3人に1人は外国人です。子ども達がいつも外国籍の子どもたちと一緒に暮らすことで、次の世代の人たちの考え方が変わってくるのではないかと、私は希望を持っているのですけれども、一方で、いじめや差別などの問題が山積しています。

 多文化共生という概念から先に入ってしまいましたけれども、総務省で作った定義には、「権利」と「義務」の双方向性という部分はほとんど書かれていません。しかし、「権利」と「義務」と両方をセットにしてやっていかないと、行政は成り立って行かないのです。
 そのことは、ハローワークも同じで、いろいろな支援をするのですが、相談に来た外国人が、途中から来なくなってしまうとどうしようもありません。あるいは職業訓練校に入っても、だんだん景気が良くなってきて、アルバイトがしやすくなって来ると職業訓練校に出て来なくなってしまう。もうそれで対策は終わりです。行政としてはいろいろなサービスや対策を実施しているのですけれども、なかなか効果が発揮できない状況があります。
 このひとつの理由に、入国管理と地方行政がかみ合っていないことがあります。欧米では永住権の取得や国籍取得に際して、生活に必要な受入国言語の最低限の習得が義務付けられています。しかし、日本では義務付けてはいません。言語習得に対するある種の励みというものを入管行政のほうで与えないと、習得するのは難しいのではないかと思います。ですから、地域で地方公共団体やNPOやボランティアが一生懸命やっても、あるいはハローワークと協力しても、うまくいかないことがとても多いのです。
 日本の社会で生きていくうえで、言語能力の欠如ということは非常に大きな問題ですが、母語の問題もあります。日本語の修得を進めるのと同時に、母語をもっと評価してあげるという事を考えなければなりません。実は、大学入試に中国語を採用しているところはありますが、ポルトガル語を採用しているところはほとんどないのです。例えばブラジル出身の子ども達で、ポルトガル語は親から習っているけれど、日本語は日本に来てから勉強してまだ4~5年しか経っていないというような子どもたちが非常に中途半端な状態になっています。放っておくとだんだん母語のほうも忘れて行きますし、日本語の方もまだ中途半端な状態です。これをセミリンガルというのですが、母語も日本語も両方中途半端な子ども達が増えていきます。このままでは、せっかくの母語や母国の文化までも失いかねません。多文化共生と言っても、生まれ育った国の言葉や文化をきちんと評価するようなシステムがないと、子どもたちも、日本の社会も非常に困ったことになっていくと思います。
 企業も採用の際に、こういう人たちの日本語以外の言語をもっとしっかり評価してあげてほしいものです。企業も海外展開がめずらしくない時代になってきていますから、この人たちの母語をきちんと維持することが、この人たちにとっても日本の社会にとっても大事なことなのだと認識してもらわないと、母語はどんどんすたれていってしまいます。せっかく受け入れた人たちなのに、その人たちの持っている良いところをつぶしてしまうのは、本当にもったいないことです。
 完全に日本人とそっくりの外国人を作って何の意味があるのでしょうか。いま、私たちは、外国人を受け入れることの意味が問われているのではないかと思います。いろいろな才能やいろいろな感性を持った人を我が国の社会で受け入れて行けるようなそういう土壌を作る。それは決して不可能なことはないはずです。しかし、それがなかなかうまくいっていないのが現状です。言語に関しては、外国人の自助努力と地方公共団体の努力だけに任せていたのでは難しいし、外国人政策をバラバラにやっていては成果が上がらないと思います。

 次に、日本からアジアへの人材還流ということを見て行きたいと思います。
 日本の4年制大学で文科系、あるいは社会科学系の学科を出た外国人が就労できる在留資格に人文知識・国際業務というものがあります。日本では、人文知識・国際業務に就いている外国人が非常に多いのが特徴です。アメリカ、ドイツ、イギリスなどは過半数が理工系の留学生ですが、日本は理工系のほうが少数で、社会科学系の留学生が多い。これはある意味、日本の弱みだと言われるかもしれませんけども、重要なのは、この人たちが日本語の習得に一生懸命になってくれているということです。この人たちが永住権を取ることによって、非常に大きなチャンスが訪れます。
 これはヨーロッパの例ですが、昔の出稼ぎ労働者は、雇用期間が延長していくうちにいろいろなコミュニティを形成していきました。そのうちに認められて期間がさらに延長し、家族を呼び寄せたり、結婚したりして永住権を取っていく、このような流れが1960年代のヨーロッパでは中心的でした。
 これに対して、今の日本は人材移動型です。今は高学歴者の時代なので、留学生たちが日本で学位を取って、日本で仕事に就き、日本でビジネスの経験を積んでいきます。中には、第三国に行く人もいますけれども、多くの場合、自国から日本に家族を呼び寄せたり、日本で結婚したりして永住権を取ります。永住権を取っても、自国では自分の国籍を維持していますから、この人たちは日本と自国の間を行ったり来たりすることができるようになるのです。
 日本のパスポートを持っていると、ほとんどの国に短期滞在だったらビザなしで行けます。日本のパスポートって素晴らしいパスポートなのです。例えばアメリカなどは入国するためにもビザを取らなければいけない、中国は非常に厳しく、中国人がビジネスのために行ったり来たりするのは大変です。しかし、中国人留学生が日本で永住資格を取っていると、出入国が非常に簡単であるため、この人たちが、今後中国と日本の間のパイプ役になってくれる可能性が出てきます。
 アジアはいま高学歴化しています。しかし、韓国でも中国でも学生のうち就職できるのは、そのうちの半分くらいしかいないと言われています。これだけたくさん高学歴者が出てきているのにもかかわらず、就職が難しいので留学指向が非常に強くなっている。海外に行ってしっかりした資格をもって帰ったら、もっと就職しやすいのではないか、または、海外に行くことで新しい将来が開けるのではないかと期待している人たちが多いため、今後10年間でアジア出身の留学生の数が倍くらいに増えるのではないかと考えられます。
 しかし、ブラジル日系人はリーマンショック以降減少傾向がずっと続いています。それにはいろいろな理由が考えられますが、2009(平成21)年の春に大変なリストラにあったショックが大きいと思います。浜松市のケースで言うと一時期失業率は30%に達したと言われています。いわゆる雇い止めが起きて、住んでいる家も追い出されるというような問題が起き、非常に多くの人がブラジルに帰りました。単純に計算しても7万人くらいの人が帰っているのです。その時、日本政府が国費で帰国支援制度を作ったのですが、その制度を利用して帰した人が2万数百人いるそうです。この2万数百人はお金をもらって帰ったので、すぐには日本に戻れない仕組みになっていたのですね。これが2013(平成25)年の10月に解除になった。ブラジル日系人は喜んだのですが条件が付いていました。日本国内で1年以上の雇用契約があること。そういう人でなければ日系人としてのステイタスで日本に来ることはまかりならんということになってしまったのです。これによって、ブラジル人社会が日本に対するそれまでの期待感をだいぶ喪失してしまったことは確かだと思います。
 これに代わって、フィリピンや中国の人たちが増えてきています。中国人は2011(平成23)年の東日本大震災の時には減りましたが、それ以外はずっと増えています。
 フィリピン人もほとんど減っていません。日本の国籍法が改正され、非嫡出子(正式に結婚してない両親の子ども)でも、お父さんが認知さえすればフィリピン人のお母さんと日本人のお父さんの間に生まれた子ども達の権利を日本政府が認めたからです。それからというもの毎年1,000人から2,000人のフィリピンの若い人たちが日本に向かっているようです。フィリピン人の女性の中には、日本に来た時には結婚していたのですが、その後離婚してしまった人たちが数多くいます。外国人の離婚率は約48%と言われていますので、ほとんど2組に1組は離婚してしまうのです。日本でもシングルマザーの子どもの貧困問題が大きな問題になっていますが、フィリピン人の子どもの進学率は非常に低い。外国人全般の高校進学率は一番高い地域で80%、低いところは60%以下になってしまいますが、フィリピン人は更にそれより低い状況です。

 次に、外国人の雇用のことを見て行きましょう。
 「外国人の労働力が入ってくると日本人の雇用が奪われる」とよく言われます。ヘイトスピーチの背景にもこのような考え方があると思われます。しかし、日本語は、話言語だけでも2~3年、読み書きを習得するのに5年から7年もかかる言語ですから、外国人が入ってきたせいで日本人の雇用が外国人によって奪われてしまう程の影響があるかというと、ほとんど考えられません。外国人労働者が日本人の雇用を単純に代替するというよりは、むしろ日本人がやりたがらないような厳しい仕事、あるいは単純な仕事、賃金の安い仕事、そういうところにどうしても流れ込まざるを得ないと思います。
 また、技能実習生も非常に問題になっています。特に最近問題が多いのが、水産加工と農業です。繊維関係、自動車産業、金属加工関係の分野は比較的賃金も労働状況もいいのですが、水産加工や農業になると最低賃金のところがほとんどです。
 3年間のローテーションで受け入れていますが、技能実習生は3年間同じ事業所の中でしか職業を選ぶことができませんから、そこで時給300円で働かされていても、逃げることもできないのです。
 タコ部屋とは言いませんけど、非常に悪い条件の中に押し込まれたままで、3年終わるギリギリになって、いろいろな支援団体の力を得て、何とか被った損害を取り戻そうと、場合によっては法廷に行くようなことさえ起きています。
 このようなことが起きないようにするためには、当然、制度をしっかり管理することが必要です。それと同時に、外国の人たちが、権利意識を持てるようにすることも大切です。日本の入管法や労働法の知識を持ってもらうこと、そして、実際に問題が起こってしまったときに早く連絡してもらう必要があります。しかし、これがなかなかうまくいかない。そもそも、携帯やスマートフォンを取り上げられてしまって、苦しい実態を誰かに連絡することさえ難しかったり、場合によってはパスポートなども全部事業主が預かっていて、身分証明ができなかったり、いろいろな問題が起きています。
 今国会に出た法案の中で、成立していない法案が2つあります。ひとつはヘイトスピーチを禁止する人種差別禁止法案。もう一つは、技能実習制度改革法案ですが、廃案になってしまいました。技能実習生を救い出す仕組みを今回の法案には入れたのですけど、残念ながら成立には至っていません。

 アジアには、もともと日本で働きたいと思っているロースキル(単純労働分野)の候補者がたくさんいるわけです。日本がロースキルの人たちを全く受け入れないでいると、不法就労する人たちが多くなってしまうので、必ず合法的なチャンネルを作っておかなくてはなりません。しかし、一人の人だけを長期間受け入れると多くの人に恩恵が及ばなくなってしまうため、期限を区切って受け入れているわけです。いままで3年間でしたが、今回、5年まで延長することになりました。
 しかし、外国の方を受け入れることで人手不足がすぐに解消するといったことは考えない方がいいと思います。もちろん、外国人の力を借りることは必要なのですけれども、外国の人をたくさん受け入れることで、労働力を補おうとしても無理なのです。
 何故かと言うと、日本が受け入れている外国人のうちで、労働目的の人は全体の1/3に過ぎないからです。2/3の人たちのほとんどは日系人や家族移民です。アメリカでもヨーロッパでも同じですが、移民と呼ばれている人たちの大半は家族移民。血縁の人たちが入ってきて移民になっているのです。
 ですから、日本が本気で考えなくてはならなのは、労働者としてどのような人たちを受け入れたらよいかということよりも、日本にいる家族移民、あるいは日系人に、どのようにして必要な技術、技能を身につけてもらうのか、きちんと子ども達を学校に通わせてもらうのかということです。日系人や家族移民の人たちがしっかり日本の国内で活躍できる社会をつくることが大切なことです。彼らが、アンダークラス(下級階層)に落ちないようにすることの方が、政策としては深刻度が高いと思います。

 

 私たちは、外国人を継続的に地域でサポートするためには、どのようにしたら良いのかということを真剣に考える時期にきているのです。まさに、この人たちの将来がかかっているし、彼らが自分の将来に対してしっかりモチベーション持てるようにしていく制度や仕組みがなければ、外国人を受け入れても不幸になるだけだからです。
 人権というものを、ただどこかで決められた権利だというふうに考えればそれは守らなくても守ってもそれほど深刻ではないかもしれません。しかし、人権という思想の背後には、ものすごく悲しい歴史や苦しい歴史というものがあって、私は、その悲しさや苦しさを乗り越えるところに人権思想は立たなければならないと思うのです。外国人の問題も同じです。ただ条文に適応しているかどうかだけで物事を判断していたのでは、外国人の権利は守ることができません。
 今の日本の社会は、いやなことをできるだけ避ける傾向があります。つらいことはしたくないし、死ぬなんてことは考えたくもない。しかし、そういうものに直面してきた人たちが難民です。もしかしたら、これから日本にも難民が来るかもしれません。その人たちのことを我々がどこまで受け入れられるのか、それは、我々の人権意識にかかっているわけです。

 日本の受け入れシステムの一番大きな課題は、来日した時に在留資格を出してしまうことです。今では在留カードを入管がすぐに発行してしまいます。ですから、地方公共団体に行ったときは在留カードを提示して住民基本台帳に登録するだけです。入口のところはものすごく管理するのですけれども、国内に入ってからのケアが仕組みの中に含まれていません。
 ヨーロッパの仕組みは、上陸の許可だけでは就労したり滞在したりできないようになっています。滞在する際には、県や市町村に滞在許可証を申請して許可を得てからでなければ住むことができません。滞在許可を得るために就労許可も必要なら併せて取らなければなりませんし、最初にチェックするのは健康保険に入っているかどうかです。 日本の入管システムはそこまではやっていません。そこで、これではいけないというので、在留資格を延長したり変更したりする際は、入管に行った時に健康保険証を持ってきてくださいと、入管法の第20条から22条に入れられました。ガイドラインには、外国人の権利に関することがいっぱい書かれています。入管にきたときに国税を払っているか、地方税を払っているか、過去3年間にさかのぼってチェックしてもらうようにしました。
 しかし、このように変わったのは最近です。地方公共団体から要求が出たので、地方税のチェックを入れたのです。それまではやっていませんでした。
 なんだか、外国人の権利を守るためと言いながら義務のことばかり言っていると思われるかもしれませんけれども、それは地方税の滞納がものすごく多いからです。正直言いますと永住者も滞納が多いです。一度永住権を取得してしまうと在留資格の更新の必要がないので、永住権を取った人が今度は滞納してしまう。
 こういう問題があるので、多文化共生と口で言うのはきれいなのですけれども、そう簡単なものではありません。外国人と受け入れる社会との間で、ある種の契約関係にあればいいのですが、なかなかそうはいきません。私たちが外国人の権利を守ろう、人権を守ろうというのであれば、外国の方々にも最低限守ってもらうことは守ってもらわなければならない。それはゴミ出しのルールや、子どもを学校にやることも含まれます。
 文部科学省の解釈では、外国人の子どもは義務教育の対象にすらなっていません。でもこれはある意味では言葉の綾であると思っています。国際人権A規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)で、初等教育は義務的なものとするという条文がきちんとあるのですから、国際人権A規約を批准している日本が、「義務教育は外国人には適用されない」などという法解釈をいくら言ってみても、事態がもっと悪化するだけです。
 ですから、ほとんどの公立学校は事実上、外国人の方々が来た場合は受け入れています。
 しかし、在留資格がない人や国籍がない人は非常に問題です。戸籍がなくても住民登録できなくても母子保健は絶対提供しなくてはならないし、子どもが学校に行く年齢になったら学校に行かせなければならない。こういう基本的な部分は、合法か非合法か、国籍を持っているか持ってないかは関係ないはずなのですが、残念ながら、今回の改正法では在留カードは合法的滞在者にしか出せないことになり、住民基本台帳には合法的滞在者しか載せてはいけないということになってしまいました。
 不法残留者の多い地方公共団体では、昔は、在留資格がある人とない人とは別の窓口を作って対応していました。今はさすがにそこまであけすけにはできないにしても、「在留資格のない方はこっちに来てください。ちょっと別に手続しますからね」と言っています。
 以前の、外国人登録法では不法残留であろうと、国籍がなかろうと、「国籍なし」「在留資格なし」と書いてカードを出していたのですけれども、新しい法律ではそれができなくなっています。そういう実情もあって、事実上、地方公共団体が二重帳簿を作らざるを得ないような状況になっているのです。
 この問題については、法律の改正の時に付則の23条をつけました。その時は、5年後に、きちんと法律を見直すといったニュアンスだったのですけれども、法改正がなされていません。
 しかし、雇用対策法の改正で、第28条に、外国人を雇った事業主はその情報をハローワーク(厚生労働大臣)に届けることが義務化されました。おかげさまで今79万人という外国人の届け出が出てきていますが、私の推定では、依然として90万人ぐらいの外国人が働いているのではないかと思います。しかし、雇用対策法の改正で、79万人くらいまで届け出が出るようになったということは大きな変化だと思います。
 日本の場合、入国管理局が在留カードを出すのですけれど、入った後の権利のチェックができていないことが問題です。それを地方公共団体が中心になってケアをしなければならないのですが、地方公共団体の方では十分なデータをもらっていません。例えば、外国人がどこで働いているとか、技能実習生がどの団体に属しているとか、どのような実態にあるかなどということを地方公共団体が知る由もないのです。ですから、集住都市会議でも、このような状態を危惧して、必要な時に情報にアクセスできるようにしてもらいたいと申し入れているのですが、現行法令上ではそれがなかなかできないので、将来また法改正をしなければいけないと思っています。
 ただ、ITシステムが非常に普及してきましたので、総合行政ネットワーク(LGWAN)というネットワークにアクセスすると、中央省庁と地方公共団体とをつなぐことができます。いま、入管は、出国した外国人の情報をほんの数日以内に、住民登録をしている地方公共団体にLGWANを経由して、情報発信しているので、出国したかどうかだけは分かります。しかし、これだけではあまりにも情報が足りない。法務省のほうに情報が集り過ぎてしまって、地方公共団体のほうに情報が来ないからです。以前の外国人登録制度の下では、外国人がどこに住んでいて、資産をいつ取得したかを住民票の上で確認できたのですが、それがいまではできない状況になっているということが問題だと思うわけです。

 今日お話ししたことで、日本にいる外国人の方々の権利義務の問題というのは、まだまだ法制度的に不十分だということがお分かりいただけたと思います。日常的な地方公共団体の業務の中でも十分な情報がないために、実はいくら外国人の権利を守りたくても守れないこともたくさんあるということを、是非知っていただきたいと思います。 文部科学省は、外国人のための日本語支援もしていますが、せいぜい2,000~3,000万円くらいの資金しかありません。とても全国のユースをサポートするようなお金ではない上に、それを申請する手続きがものすごく複雑で使いにくいものになっています。日系人たちの就労準備の日本語の研修もあることはあるのですけれども、これも全部予算措置ですから、財源が乏しくなると廃止になってしまいます。
 外国人が、生活や就労や就学のために日本語を習得するということは、自己責任ではないかと思っている人が多いかもしれませんが、日本語習得の支援をしなければ、外国人をアンダークラスに追い込んでしまいます。それによって引き起こされることのデメリットを考えなければなりません。
 まだまだいっぱい知恵を出して、いろいろな事を考えていかないと外国人の権利は守れないのです。同時に義務も果たせるようにする。そのことが外国の人たちの自立を促進することにもなるのです。
 私は、外国人政策は、基本的に、次の世代の事を考えてやらなくてはいけないと思っています。日本に来る世代は本当に貧しくて出稼ぎに来る人もいます。しかし問題は二世三世が成功することなのですね。二世三世が成功する国であれば、日本が希望の持てる国になる。それが非常に重要なポイントです。
 日本がどんなに豊かになろうとも、外国の人たちが社会の底辺で見捨てられた状態になってしまうようではとても希望の持てる国にはなりません。
 近隣諸国との政治的な摩擦や領土問題、歴史の問題を巡る様々な対立があっても、そういうことを乗り越えて進むのは、やはり人と人との交流です。そして人と人との交流は経済の交流です。経済というのはグローバルに広がっています。
 人が大きく交流することによって経済がグローバルに広がり、政治的な対立がいかに浅はかなことであるか、それを解決できないままにしておくことが、どれほど不利益なことかが分かってくると思います。政治的な問題にあまりとらわれていると、我々はアジアとの交流の機会を失いかねません。
 私は、アジアとの交流の機会を増やすことによって、我々の未来が開けると思っていますので、過度に悲観はしていません。実態のほうが先に進むのではないかという期待を持っています。