社会的責任が問われる時代

  ISO26000が意味するもの

著者 財団法人 人権教育啓発推進センター 理事長
横田洋三
寄稿日(掲載日) 2011/08/15


 昨年(2010年)11月1日、ジュネーブに本部を置く国際標準化機構(ISO)は、企業をはじめとするあらゆる組織の社会的責任(SR=SocialResponsibility)に関する包括的国際規格を発行した。足掛け6年に及ぶ作業の集大成である。1990年代頃から、人権尊重、環境保全、汚職防止などの社会問題に対する企業など組織の役割が問われるようになり、企業などもそれに応えるべく、SR担当役員を任命したり、担当部署を設置するなど、積極的にこの問題に取り組むようになった。

 しかし、SRが重要だという認識は広く共有されるようになったが、何をどうすればよいのかという具体的対処方法については、手探りの状態が続いていた。こうした中で、グローバルに事業展開する多国籍企業などから、国際的に通用するSR規格を作ってほしいという要望が寄せられるようになり、ISOは、2005年から具体的な案文策定作業に着手した。この策定過程は、条約交渉のような政府代表による審議という形をとらず、政府代表を含むが、それ以外にも、産業界、労働界、消費者団体、市民団体(NGO)、研究者などを含む、「マルチ・ステークホルダー」(多様な関係当事者)の間の交渉という道をとった。

 この選択は、社会的責任に関する規格策定の方法としては、極めて妥当なものであり、実際、最終的に合意された規格は、内容的にバランスがとれ、新しい時代における組織と市民の間の関係を律するにふさわしいものとなった。ただし、多くのステークホルダーの意見をできるだけ取り入れようとした結果、量的に膨大になり、また、異なった意見の妥協点を文章化したために、理解しづらい面があるという欠点を内包している。こうした問題については、簡単な解説版も用意され、多少一般の人にも理解しやすいものとする努力が払われている。


  ISO26000は、はじめに「適用範囲」、「用語及び定義」、「社会的責任の理解」という一般的記述があり、やや複雑な内容となっているこの規格の理解を助ける導入部となっている。そのうえで、社会的責任の一般原則として、「説明責任」、「透明性」、「倫理的な行動」、「ステークホルダーの利害の尊重」、「法の支配の尊重」、「国際行動規範の尊重」「人権の尊重」の7つについて解説する。そのあとに中核主題に関して詳細な手引が来る。ISO26000の核心部分である。そこに示されている規格は、「組織統治」、「人権」、「労働慣行」、「環境」、「公正な事業慣行」、「消費者課題」、「コミュニティへの参画及びコミュニティの発展」の7つの主題に関するものである。


 いくつかの社会的課題の中で、まず人権が挙げられているところに、ISO26000の人権への思い入れが感じられる。人権に関する規格は、最初に世界人権宣言や自由権規約、社会権規約、人種差別撤廃条約、拷問禁止条約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約などの主要な国際人権条約の存在に言及し、これらが人権に関するSR規格の基礎であることを明記する。そのうえで、企業をはじめとする団体、組織における人権に関する課題を以下の8点に分けて記述する。

1.デューディリジェンス(相当の注意)を用いて、人権を尊重し、また、人権侵害の回避措置をとらなければならない。
2.事業を展開するに際して、紛争、政治的混乱、自然災害、汚職などの人権を脅かす危機的状況に目を向け、人権を尊重するとともに人権侵害を回避するように努めなければならない。
3.他の行為主体による人権侵害行為に、直接、間接に加担しないよう行動する。
4.人権侵害被害者のために、利用しやすい、予測可能な、公平で、明確かつ透明な、独立の救済手続きを用意すべきである。
5.人種、皮膚の色、性別、年齢、言語、財産、国籍、妊娠、出自、労働組合への加入、政治的所属、政治的その他の意見、配偶者の有無、家族の状況、個人的関係、特定の病気の感染等、合理的な根拠のない、偏見に基づく差別を行ってはならない。
6.生存権、尊厳をもって生きる権利、拷問を受けない権利、身体の自由および安全に対する権利、財産権、言論および表現の自由、平和的集会および結社の自由、信教の自由、プライバシーの保護、参政権などの市民的および政治的権利を尊重し擁護する。
7.教育の権利、労働の権利、適切な生活および健康を維持する権利などの経済的、社会的、文化的権利を尊重し擁護する。
8.労働における人権の尊重、とくに結社の自由、団体交渉権、強制労働の禁止、児童労働の禁止、職場における機会均等と差別の禁止などを遵守しなければならない。


 このように、ISO26000は、人権の尊重を、社会的責任のもっとも重要な項目として位置づけ、詳細な行動基準を示している。なお、ISO26000は、法的拘束力のない規格(手引)とされているが、人権に関しては、多くの規格が国際条約や国内法(憲法)などにより法的拘束力のある規範となっていることを、忘れてはならない。現在、日本におけるISO26000の普及を図るため、JIS化が日本規格協会および経済産業省を中心に進められている。