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人権に関するデータベース

全国の地方公共団体をはじめ、国、国連関係機関等における人権関係の情報を調べることができます。

研修講義資料

京都会場 講義7 平成24年11月14日(水)

「人身売買は何故おきる? -受入大国ニッポンの現状と課題」

著者
吉田 容子
寄稿日(掲載日)
2013/04/01



  (ビデオ上映)
 ここで一旦切らせていただきます。あとは、タイの状況が10分ぐらいあるのですが、今日は時間がないのでカットさせていただきます。
 今ご覧いただいたものは、2003(平成15)年当時の状況なんですが、日本でそんなことがあるのかと、あるいは思われた方がいるかもしれません。しかし、これ、警察庁の外郭団体がつくっているものです。
 中にソニアさんというコロンビアの人の話が出てきました。あのケースは通称ソニー事件といいますが、加害者は起訴されまして有罪判決を得ています。何でソニーかというのはいろいろ説があるのですが、さっきの話に出てきましたが被害者の女性をまず裸にして写真を撮ったり、ビデオを撮ったりするんです。そのビデオがソニー製品だったという話も一方であるのですが、他方、要するに日本の象徴的な、つまり有名メーカーなので、日本の象徴ということでソニーと言われたんじゃないかとかいろんな説がありますが、とにかくそういう事件がその当時あって、裁判所は有罪判決をしたということになります。
 4つぐらい並べましたが、Trafficking in Persons、Human Trafficking、これは、英語ではどちらでも同じ意味で考えていただいたらいいと思います。日本語で人身売買、人身取引とありますが、一般には、人の売り買いなので人身売買のほうがわかりやすいかなと思います。ただ、この後説明しますが、政府が一定の対策をとっています。そのときには人身取引という言葉を使っています。
 何で取引という言葉を使うかというと、売買というとお金と引きかえに物が動いていくイメージがありますね。だけど、お金が動かなくても暴力やだましという手段で人を動かす行為も規制しなければいけないということで、むしろ売買よりも広い概念として取引という言葉を政府としては使っていることになります。
 そうなのですが、わかりやすいのでここでは人身売買と言いますが、これは何かというのは、今ざっとご覧いただいたと思います。modern-day slavery、現在の奴隷制と言われています。人身売買というと、昔々の奴隷の、アフリカ大陸からアメリカなどに送られた奴隷を想定しますが、少し形を変えた現代の奴隷制だと言われています。
 実は、20世紀に入ってからいろんな条約で、その中の1条か2条ぐらいなのですが、禁止されていましたが、効果が乏しかった。そこで、2000(平成12)年に国連総会で、ここに書いてあるような議定書――議定書というのは一種の条約です。条約が採択されたということになります。
 日本は、署名はしていますけれども、まだ批准はしていません。それはちょっと特殊な事情がありまして批准はしていないのですが、一応政府としては、この議定書にのっとった対策をとるということになっています。
 何を人身売買あるいは人身取引というのかという話なのですが、目的、手段、行為の3つがそろった場合を人身取引と言います。ただ、17歳以下、18歳未満の被害者の場合には、手段は何でもいい。ここには暴行とか脅迫とか欺罔とかありますが、こういう手段がなくても、目的と行為さえあれば、子どもの場合には、それは人身取引だとみなして処罰しなければいけないという規定になっています。
 それで、目的ですが、括弧の中に書いたことは例示です。少なくともこれらを含むということなので、これに限りません。搾取というのは抽象的な概念なので、それぞれの国がどのような範囲を搾取ととらえるのかということは多少差があると思いますが、少なくともこれらを含みますよということです。
 先ほどのDVDは専ら外国人女性を性的搾取目的で連れてくる場合を想定した内容ですよね。でも実はそれだけじゃないのです。目的のところで、強制的な労働もしくは役務の提供というのも目的に含まれている。また後で少し述べますが、日本にもたくさんの外国人が労働者として来ています。中には、皆さんも聞いたことがあるかもしれませんが、研修生あるいは技能実習生という形で来ている人たちがいる。それから、それ以外にも短期滞在で来てオーバーステイになっている方たちもいます。
 日本に一体どのぐらいの外国人労働者がいるのかというのはよくわからないのですが、十数万人はいるかなという感じで考えられています。その全部とは言いませんが、一部には強制的な労働といいますか、非常に悪い条件で働かされている人たちがいるわけで、その人たちも人身取引に当たり得ることになります。
 これはアメリカの国務省のTIPレポートから取り出したものなのですが、一応形態としてはこんなものかなと思います。ここでも、Sex Traffickingはもちろん非常に大きな問題で、これは世界中で大きな問題なのですが、それだけじゃなくて、Forced Labor、強制労働というものがある。それから債務労働というのは、要するに借金を負わせて、ほんとうの借金かどうかはわからないですが、あなたにはこれだけの借金があって、働いて返さなければいけないのだということにして働かせることがあります。
 それから一番下のところをちょっと見てほしいのですが、日本ではさすがにないと思うんですが、強制妊娠とか出産をさせる、つまり若い女性を連れてきちゃうわけです。そこで強姦するか、あるいは多分医療機関の協力があるのでしょうが、人工授精か何かで妊娠をさせてしまう。出産をさせてその子どもを売る。こういうのも、日本ではありませんが、アジアのある国では報告をされているということです。
 では、一体どのぐらいの人が被害に遭っているのかということなんですが、世界中で起きているというのは、これは国連機関も言っていますからそうだと思いますが、数は正直言ってよくわからないです。だから、推計はありますけれども、正確なものはわかりません。何で正確なものがわからないのかというと、国境をまたいで移動する場合に、加害者のほうは「被害者をこの国に連れてきました」なんて絶対言いませんよね。何らかの正当な在留資格が取れるような形で入れてきます。
 例えば、日本の場合には、日本人の配偶者という形で女性を入れる。あるいは、先ほども言いました研修あるいは技能実習という形で、特に研修で入れる。あるいは家族訪問、短期滞在、いろんな形で、正当な目的があるという形で人を入れます。その後は、全部は追跡できませんので、発見されるのは一部です。そういうことで、正確にはわからないけれども、いろんな推計があります。
 ここではILO、国際労働機関の推計を持ってきました。最近の推計ですけれども、搾取の被害者が世界で2,090万人。大体女性と男性が半々ですね。ただし、Sex Traffickingの犠牲者については98%が女性です。子どもも含めた女性ということになります。被害者の出身地域で一番多いのはアジア太平洋ですが、アフリカ地域の被害者が増加していると言われています。これはILOの推計なのですが、それ以外にもいろんな国際機関が推計を出していて、ほんとうに幅があるということになります。
 その次にアメリカ国務省の報告書を書きましたが、そこの中で、国内でのTIP――TIPというのは人身取引です――人身取引の被害者が数百万人いるのだとアメリカの国務省は言っています。つまり、先ほどのDVDは国境をまたぐ、アジアから、あるいは南米から連れてくるという形になっていますが、別に国境をまたがなくてもいいわけです。国内でも、経済的に少しおくれている地域から経済先進地域に対して、人が搾取目的で移送されることはあり得る。
 後でまた言いますが、日本国内でも、日本人の女性が被害に遭っているという例が報告されています。
 人身取引は、すごくもうかると言われています。搾取する側が得る利益ですけど、ILOによれば被害者一人あたり平均1万3,000ドルです。大体、今80円で計算すると100万円ぐらい。経費が少しはかかるかもしれませんが、それにしても大変にもうかるということで、世界中で行われていることがあります。
 これはアメリカのジョンズ・ホプキンス大学というところのウェブサイトからとったのですが、東南アジアから女性と子どもが送られていく人の動きを図示したものです。矢印が北米、ヨーロッパ、それからオーストラリアとかニュージーランド、そして日本、一部台湾あたり、いわゆる経済的にはそれなりに進んでいると言われている地域に向いています。たくさんの人が送られていっていることがわかります。基本的にはこの矢印の動き、向きは、まだ今も同じだと考えられています。
 では、日本は具体的にどうなのだろうかということですが、大体2004(平成16)年ごろまでとその後で少し状況が違います。2004(平成16)年ごろまでの状況というのは先ほどのDVDがほぼ示しているのですが、もう少しその前にさかのぼってみたいと思います。
 この中で、買春ツアーという言葉をご存じの方がおそらくいらっしゃるかと思います。要するに団体旅行です。日本人が団体でツアーを組んで、特にアジア地域に出かけていって、そこで買春を行う。これが買春ツアーです。これは、1970年代にたくさんのツアーが行われた。さすがにそれは、団体で観光バスか何かに乗って行くわけですから、非常に目立ちます。アジア諸国の政府とか、あるいはNGOから、そして国際機関から非常な批判が出ました。
 そこで、一応買春ツアーは下火になりました。下火になったのだけれども、そこでやめたかというとそうじゃなくて、今度は、じゃ、連れてきちゃおうということで、1980年代からは人を連れてくる、買い受けをするということに流れとして変わりました。といっても、買春ツアーはまだ少し、よくよく見ると報道がされていますけどね。まだあります。
 だから、80年代からは、主としては人を連れてくるようになりました。だけれども、それが人身売買、人身取引ということで認識されることはずっとありませんでした。人を連れてくる場合、大体は観光目的の短期滞在という在留資格で連れてきて、その適法な期間は15日とか30日でしたから、その後ずっと残せばオーバーステイですね、いわゆる超過滞在。これは入管法の違反になります。処罰規定もあります。ですから、被害者が仮に見つかっても、被害者だということではなくて、ただただ入管法違反の法違反者であると日本社会はとらえてきて、処罰して強制送還、退去強制をして、それでおしまいという扱いをずっとしてきました。その中で、先ほどのDVDでありましたが、被害者は連れてこられますと、パスポート、航空券、金などは取り上げられる。大体言葉がわかりませんし、どこにいるかもわからない。やっぱり逃げられない。皆さんも、もしこういう状況だったら、ほんとうに自分が逃げられるかというのを想像していただきたいのですが、これはなかなか難しい話だと思います。
 さらに、渡航費、生活費などを名目に借金数百万円。これは300万とか500万とか700万とか、いろんな数字がありますが、もちろん借金なんかしているはずないですよね、当たり前ですけど。何もしていません。あえて言えば、渡航費をとりあえず立てかえておくから、後でそれは働いたら返せばいいよと。例えば工場で働いて、1か月あったら返せるよという説明はしているかもしれませんが、でも、例えばタイから来る場合に、航空運賃は10万もしません。季節によってはもっと安いですよね。それが何で数百万になってしまうのか。
 これは要するに、タイの北部のほうで人をリクルートする。その人をバンコクに連れてくる。バンコクから、例えば台湾を経由して成田に連れてくる。そして、成田で受け入れブローカーがいて、その人が車に乗せて、例えば東京都内の風俗店に配達をすると。こういうところで、何人もの人が関与するわけです。そこで、それぞれの人の利益を乗せていくわけです。それが借金なのです。本人たちの借金では、もちろんあり得ない。
 だから、法的に言えば、こんなもの返す必要は全くないです。全くないけれども、どこにいるかもわからないし、逃げようがない人は、返すといいますか、働くしかないですね。嫌だと言えば暴行とか脅迫があると。ほんとうにすごく一生懸命返すというか、無理やりですけれども働くのですが、ようやく借金が減ってくると思えば、今度は転売されてしまいます。もう自由になれるかと思ったらそうはいかない。それから病気になって、大使館前に放置された人もいます。ほんとうに置いていかれた。そういう人もいます。
 あと、被害者が加害者の立場になることもあると書きましたが、実は90年代半ば、そして2000(平成12)年に三重県でもあったんですが、被害者が逃げようとして加害者を傷つける、場合によっては死なせてしまうという事件がありました。そのときに明らかになったのですが、傷つけられた、あるいは死亡させられた加害者というのは日本人ではない。例えば、風俗店でママとかいるでしょう。全部ではもちろんないですけれども、その人たちの一部には元被害者がいるのです。やっぱりそのほうが、言葉がわかるでしょう。被害者同士がこそこそと逃げようという相談をしたって、日本人だったら何を言っているかわからないけれども、同国人だったら容易にわかりますし、かつて自分が被害者であったから、どういうことを考えそうなのか、どういうところにコンタクトをしそうなのかということも、ある程度想像がついたりします。被害者が、いわば加害者にランクアップしてしまう。もちろん、間違いなくその後ろに日本人がいるのです。だけど表面的には、同国人あるいはほかの国の外国人の被害者が前面に出てしまう。で、その人たちが被害者の前に立ちはだかったり、被害者の憎悪の対象になってしまうという事態がありました。
 それから、被害者の中には日本人男性と結婚する人もいます。やっぱり抜けたいですからね。ほんとうに結婚相手として適切かどうかということを考えるような余裕は、多分ないと思います。とにかく抜けるためには、もし結婚を申し込んでくれる人がいればしたいと思うのは、これも仕方がない。人情だと思いますよ。
 ところが、DVについて、構造的な力関係の差が原因だということは皆さんご存じだと思いますけれども、まさにこの場合も、俺が救ってやったんだよみたいなのがもちろんあります。救っていただいたという意識もある。それから、そこでお金が動いている可能性がありますね。それから、今の入管法上は、被害者の女性が日本人配偶者の在留資格を得ようと思えば日本人夫の協力が不可欠です。ということになると、どうしても構造的な力関係の差が出てきますから、そこで今度はDV被害にあうこともある。
 それから、男性も含めた搾取的労働というのがこの当時ももちろんあった。3K労働あるいは3キ労働という言い方をご存じの方がどのくらいいらっしゃいますか。KはアルファベットのK、キは片仮名のキ、3つのキ、3つのK。きつい、汚い、危険をローマ字で書くのか、片仮名で書くのかという違いですけれども、日本の人たちがしないような、嫌がるような仕事を、非常に低賃金で、非常に危険な労働条件で、たくさんの外国の人たちがしていたということがあります。建設現場とか、あるいは車をスクラップする現場だとかいろいろありましたけれども、これは男性が多かったかとは思いますが、一部女性もいたと言われています。そういう状況でした。
 以上が2004(平成16)年までですが、2005(平成17)年ぐらいから少しこの状況が変わりました。DVDにもありましたが、2002(平成14)年12月に、組織犯罪防止条約を補足する人身取引議定書に政府が署名をしました。一般に条約というのは、署名をして、その後国会の承認を得て批准になるのですが、署名をするというのは、日本政府としては批准に向けて準備をします、締結に向けて準備をしますという意味ですよね。だから政府の立場としては、条約の水準に合うように国内の法体制を整備しなければいけないということになるわけです。
 それで、署名後、政府は一応対策の検討を開始しました。2003(平成15)年から少しずつ始め、2004(平成16)年4月に人身取引対策関係省庁連絡会議というのを設置しました。法務省には刑事局と入管局がありますが、この法務省、それから警察庁、外務省、厚生労働省の4つの省庁プラス調整役として内閣官房、この5つの省庁で関係省庁連絡会議を設置しました。そこで本格的に対策の検討を始めました。
 そして、「人身取引対策行動計画2004」、2004(平成16)年の12月につくったのでそう言うのですが、そういう計画を策定しました。さらに5年後の2009(平成21)年にも、これは改定版ですが、「人身取引対策行動計画2009」というものを策定しました。それが資料の中に入っています。レジュメの後ろのほうをご覧ください。概要をここに張りつけましたが、詳しいことをご覧になりたかったら、その下にあるサイト、これは内閣官房と人身取引という2つの言葉を入れて検索すればすぐ出てきますが、そこのサイトにありますので、詳しくはそちらをご覧ください。
 概要を見ていただくと、4つに分かれています。防止、それから撲滅、被害者保護、基盤整備と4つに分かれています。防止のところをご覧いただきたいのですが、基本的には、まず日本に入ってこないように入国を阻止するんだというところから始まります。水際作戦ですね。それからその下は、そうは言っても被害者が日本に入ってしまう可能性があるので、入った後も厳格な在留管理を行うのだと書いてあります。
 ほんとうはここで、需要に対する対策をもう少し打ち出してほしいと思いますが、ここではちょっと弱い。あまり書いていないということになります。というのは、ご承知のように、何で日本が受け入れ国かといったら、やっぱり需要があるからです。需要がなかったら、いかに加害者がもうかるとはいえ、お客さんがいなかったら連れてきませんからね。一定の危険と一定の経費がかかるわけですから。需要抑止というのを、受け入れ国としては一番しなければいけないことなのですが、そこはちょっと弱いかなというところはあります。
 その右側に、人身取引の撲滅とあります。いわゆる加害者の処罰。これについては、実は2004(平成14)年の計画を受けて2005(平成15)年に、刑法とか刑事訴訟法、入管法等に一定の改正があったので、ある程度、対策は進んだとは思いますが、まだ、特に労働搾取に対する対策は弱いかなというところがあります。
 それから被害者の保護。基本的には警察、入管が被害者かどうかを判断する。被害者と判断した場合には、婦人相談所で保護する。婦人相談所というのはご承知のように売春防止法に基づいてつくられていて、各都道府県にありますよね。実はDV被害者もそこに保護されるんですが、いわゆる公的な保護施設としてはそこしかなく、あとはプライベートシェルターがたくさんあるとは思いますが、政府というか都道府県がつくっているものはそこしかない。だから、保護が必要な人はみんなそこで保護しましょうというのが今の日本の状況です。人身取引被害者もそこで保護しましょうということになります。
 ただし、すぐわかるように、男性はそこに入れませんよね。男性の労働搾取を念頭にあまり置いていないので、とりあえず女性の被害者が来たら、そこは婦人相談所でしましょうねということで、男性が来たらどうするのというところはまだ今でも決まっていないという状態です。
 それから4番目、人身取引対策の総合的・包括的推進のための基盤整備とあります。そこでは、一応(2)に国民等の理解と協力の確保とあります。そこに性的搾取の需要側への啓発とあります。ここで少し出てくるんですが、啓発とは何をやっているだろうと思うんですが、皆さんはポスターを見たことはありますか。政府がつくっているポスターです。毎年つくっているんですが、ないですか。ある方もいらっしゃいます? たしか、ちょっと正確に覚えていませんが、2万枚ぐらい多分つくっているんじゃないかと思いますが、私は正直言って、見たことがあるのは弁護士会と入管と市役所と区役所だけです。ですから、ここにいらっしゃる方はむしろ見る機会が多いのではないかと思うんです。逆に、一般の人の目につくところには張っていないのです。なぜ張っていないのか。お金がないからです。
 例えば駅。歌舞伎町の駅のところに張ったらどうですかと一度申し上げたことがあるのですが、お金がないから無理だと、それから電車の中は、乗っているときはわりと目につきますよね。あるいは電車のホームとか、待ち時間に見たりするじゃないですか。そういうところもお金がないから張れない。実際に日本政府は一応対策をとっていますが、ほとんど予算をかけていないのです。だから啓発がなかなか進まない。
 それから、ここにもしかして教育委員会関係の方がいらっしゃるかもしれませんが、ポスターだけの話じゃなくて、やっぱり学校教育、あるいは社会教育が重要だと思うのです。実はこの連絡会議、先ほど言いましたように、当初は、要するに取り締まり関係、警察とか入管とかが入っていたのです。厚生労働省は婦人相談所の関係で入りましたけれども、そしたら、では、文部科学省とか総務省はどうなのか。入っていなかったのです。今は、ようやく文部科学省が入りました。入って、この行動計画2009の詳細な文章を見ていただいたらわかりますが、一応学校教育などでも人身取引を取り上げるとは書いてありますが、一般的な人権を推進しますという枠組みでやりますという以上のことはない。実際に学校教育では、それぞれの年代にあってどういうことをやるのかは皆さんのほうがお詳しいと思いますが、何もまだなされていないはずです。ですからやっぱり防止が一番弱いと思います。
 私は弁護士で、いつも思うのですけども、ある被害に遭った場合に、例えば損害賠償請求とか何らかの形で被害者の損害を埋めるような方法というのはありますけれども、一般的に言いますと、どんなに救済や保護の体制をつくっても、完全なリカバリーは無理だと思っています。完全な回復は無理だと思います。とりわけ人身取引という非常に心理的にもダメージが大きいような事件の場合には、とにかく防止をしないことには完全な被害者保護なんかはできないのではないかだろうかとずっと思っています。
 でもそのためには、法律もある程度もっと整備しなければいけない部分もあるかもしれませんが、弁護士が言うのもなんですが、法律をつくっても、それを全部きっちりと国民の皆さんに守ってもらうのは、正直言いますとなかなか難しい。それはむしろ自分たちの意識の問題だと思っているんです。なので、やっぱり教育関係はとても重要かなと思っています。
 このようにさまざまな問題がありますが、そうは言っても、政府の対策によりある程度の効果はあったことになります。
 警察庁の保安課が、毎年広報資料ということでペーパーを発表しています。これは最新版です。まず、人身取引事犯の検挙状況等を見てください。2001(平成13)年から見ると500件。ただこれは、先ほど2004(平成16)年、2005(平成17)年ぐらいから変わったと言いました。警察も実は2004(平成16)年ぐらいからようやく人身取引という概念を理解して、捜査に当たるようになったのです。その前、2001(平成13)年ぐらいからあったのは、実は、今考えたらこれは人身取引事犯だったねということでカウントした数字なのです。当時は、ただ入管法違反の外国人がいる、あるいは、不法就労助長罪であるとか派遣法違反であるとか、少しは加害者側の処罰も一応していましたけれども、主には、今考えたら被害者なのに入管法違反で処罰していくということがありました。ですから、このあたりの数字は、後で考えたらこれだけ被害者がいたね、加害者がいたねという話です。
 いずれにしても、2005(平成17)年に検挙件数が最大になっています。これは2004(平成16)年ごろから対策を始めて、2005(平成17)年、2006(平成16)年あたりが非常に熱心にやっていたものですからこういう数字になります。その後、ずっと見ていきますと、どんどん減っています。2011(平成23)年のところは25件になっています。ほんとうにそんなに被害が減ったのかというと、さすがにそれは、警察もそこまでは考えていないです。まだまだあるだろうと思っていますが、表面に出てくるのはこれくらいに減ったということになります。
 それで、検挙状況がその下にあります。被疑者の国籍で2010(平成22)年のところ、22年と23年両方ありますが、やはり一番多いのは日本人です。日本人なのだけれど、ほかの国の国籍の人もいるということになります。でもやっぱりそれはそうですね、日本人が一番多いのは当然かなと思いますが。
 その右側に、検挙時の職業等がありまして、風俗店経営者・ブローカーの割合の増加とあります。これを見てもわかるように、実を言うと労働搾取としては摘発例がないのです。2009年の行動計画の改定のときに、政府のほうは、今からは労働搾取をちゃんとやりますということを言ったんです。もちろん2004年の行動計画のときにも、一応労働搾取も対象ですよとは言いつつ、でも、ある意味でわかりやすいので性搾取を主に取り組みますということだったのです。
 でもやっぱりその後ですね、特に研修とか技能実習が話題になったのは。なので、労働搾取をちゃんと取り組みますよとやって以来もう3年ぐらいたちますけど、今のところ労働搾取をストレートに取り上げた人身取引の摘発例はゼロです。ですから、その25件しか摘発例がないというのは、労働搾取を全く考えていないところでの数字だと理解してください。
 被害状況で、被害者の国籍等です。ここで、2010(平成22)年は12人、2011(平成23)年は4人の日本人が被害者として認定されています。国籍は日本なのですけれど、実は2つのグループに分かれます。1つは、日本で生まれ育った普通の日本人といいますか、日本で生まれ育った人。若い女性ということになります。もう1つは、日本人男性の認知によって日本国籍を取得した人。だから、生まれたのは日本とは限りません。育ったのも日本とは限りません。ただ、認知して届け出をすれば、今、国籍法が変わって国籍が取れます。国籍法改正はよかったのだけれども、それを利用して、日本人が認知をして国籍を取らせて、当たり前だけど、国籍を取ったら、自分の国なんだから日本に必ず入れますでしょう。必ず入れます。それで、連れてくる。被害者にするということがもう既に行われていることになります。
 それから、検挙事例です。先ほど見ていただいたDVDはもう数年前なので、今はそんなことはないだろうと、もしかして思われるかと思ったんですけれども、検挙事例がまだちゃんとあります。警察は毎年1件ずつですが、典型的な例を挙げています。これは、長野県警がスナックに摘発に入った。風俗店に入ったのですけど、そこに被害者3人の方がいたので、その人を保護した。ただ、その人たちの話を聞いていたら、実はもう1人被害者がいて、その人は既に三重県の風俗店に転売されていたことがわかった。今度は三重県警のほうが動いて、その風俗店を摘発して被害者を保護したということになります。先ほど、括弧つきの借金ですが、一生懸命働いて返して、解放されるかと思ったらそうはいかないと申し上げましたが、これはまさに転売のケースです。いずれにしても、長野にしろ、三重にしろ、需要があるから転売されていくということになります。
 それから、これも厚生労働省が出しているプレスリリースです。2012(平成24)年のものがちょっとなかったのでこれになりましたが、婦人相談所における保護の状況ということです。下のところに都道府県別の保護実績というのがあります。今日もいろんな都道府県からいらしていると思いますが、ご自分のところもあるのかもしれないと見ていただけたらと思います。ただ、今日は皆さん京都にお越しいただいていますけど、京都はゼロなんです。でも京都に被害者がいないかどうかと言われたら、それは多分いるでしょうねと思うのです。何でこんな都道府県によって多かったり少なかったりするのかというのは、もちろん店の数とか外国人の数が違うのでしょうが、もう1つは警察の熱心さ、理解が、率直に言うと違うと思います。愛知とか長野とか岐阜とか群馬とか、千葉もそうですけれども、そのあたりは結構熱心なのです。それで被害者として発見される方も比較的多いのかなという感じです。
 それで、今度は入管の資料を少し見ていただきたいと思います。これは入管が、入管は何かしなければいけない、つまり被害者として発見された人がそのときにオーバーステイであったりすれば、その人が適法に出国するためには在留特別許可というのを出さなければいけません。それから、例えば短期滞在90日の間に幸いにして発見された被害者の場合も、帰国する場合、帰国までの間に時間がかかりますから、その場合は更新か、あるいは特定活動という在留資格を出さなければいけない。
 そういう意味で入管は関与しなければいけないということで、こういう数字が出るのですが、そこで見ていただきたいのは、正規在留者6人の在留資格別の内訳というので、日本人の配偶者等が3人とあります。外国人被害者の在留資格のところを見ると、平成22年は、日本人の配偶者等の在留資格でいるという人が多いですよね。23年は短期滞在の人が多くはなっていますが、ただ、このあたりは二十数人の発見なので、そのときたまたま摘発がどこでなされたかによって大きく動きます。ですから、急に配偶者が減ったかというと、そこまでは言えないと思うのです。
 ただ、私が申し上げたいのは、日本人の配偶者等という在留資格で被害者が日本にいるということです。つまり、日本人が協力しなかったら日本人の配偶者になれません。ここでは女性の被害者ということになっていますから、誰か日本人の男性が婚姻届を出すという形で協力して初めて日本人の配偶者等という在留資格を取得できます。多くの場合、その人たちは別に、いわゆるやくざではありません。普通の人です。アルバイト感覚です。
 例えば、婚姻届を出すときに50万とか100万。それからその後は1か月3万とか5万ずつ。アルバイトなのです。そのお金はどこから入るかというと、被害者を風俗店で働かせて、その経営者が払っています。いわゆる偽装婚ですね、偽装婚姻。それは日本人がいないと成り立たない偽装婚。これは普通の人です、という問題があるということになります。
 次に、私たちが一番考えなければいけないのは、何で需要が続くのかということ。需要だけじゃなく、今偽装婚の例で申し上げたように、ごく普通の人たちが協力をしているという問題もあります。何でなんだろうかということをやっぱり考えなければいけないと思います。特に、今日はこういう機会に皆さんに聞いていただいていますが、ほとんどの人は無関心です。どこかで外国人がかわいそうな目に遭っているかもしれないけど、まあ、自分には関係ないなと。帰れたらいいでしょうというところが、多分、残念なことに多くの人の認識なのかなと思います。
 需要に関して、実意識調査があります。大きく、労働搾取と性搾取に分けて、労働搾取については、使用者、雇用者側の意識調査というのは実はなく、探したのだけどなかったんです。でも、性搾取についての意識調査というのはありました。国立女性教育会館というところがあります。埼玉県にあるのですが、文部科学省の関連の法人ですが、そこが2006(平成18)年に大規模な意識調査をしました。大体5,000人ぐらいに無作為抽出でアンケート用紙を送って、千二、三百人回答があった。
 その中で幾つかの質問をしています。性風俗で働く外国人女性がいるということは多くの人が知っているのですが、彼女たちが働いている理由については、やむなく働いていると考えている人が76%ぐらいいました。あと、無理やり働かされていると考えている人たちも6%、だから、合わせて80%以上が、好き好んでやっているわけではないよという意識を持っているようです。それはそれでよかったなと思うのですが、では、その女性たちに対してどういうふうに政府として対応するべきかということになると、厳しく取り締まるべきだという人が半分いるんです。ちょっと矛盾するなと私は正直思ったのですが、しかも、厳しく取り締まるべきだという意見は女性のほうが多かったのです。なぜだろうかと思うのですが。
 それからもう1つ、男性が性的サービスを買った経験があるかないかということを聞きました。これは、約4割が買った経験があるという回答でした。どこまで正直に回答されているかよくわかりません。あっても「なし」という答えもあり得る。ないのに「ある」とは、多分答えないと思うのです。だから4割というのは、少なくともということだと思うのですが、4割ぐらいの方は性的サービスを買ったことがあるという回答をされていました。職業別にはそんなに差が出なかったかなと思うのですが、年齢的には30代後半から40代の男性の方の経験率が高い。もちろん、一般的にはよき社会人と言われている方たちの年代だと思うのです。その方たちが、少なくとも4割は買っている。
 それからもう1つ特徴的なものは、性的サービスを売ったり買ったりすることについて、それはよくないことなのか、別に構わないことなのかというところを質問しているのです。そのとき質問の仕方として、世間一般というか、社会的には、売ることと買うこと両方についてどう考えられていると思いますかという質問をまずするわけです。それが1つ目。それから2つ目は、あなたが売ったり買ったりすることについてどう思いますかという質問をしたんです。3つ目は、あなた以外の全く知らない人、家族ではないし知人でもない、全然知らない人が売ったり買ったりすることについてどう思いますか、4つ目が、あなたの家族や友人、知人が売り買いすることについてどう思いますかという4つの質問を出したのです。
 そうすると傾向がいろいろ出てきまして、まず、一般的、社会一般でどう考えられていますかということになると、よくないと考える割合は女性のほうが男性よりも高い。男性のほうは、大体4割ぐらいは構わないか、あるいは、どちらかと言えば構わないと。女性のほうは、それが3割になります。ですから、女性のほうがちょっとそこは厳しいかなと思うのです。
 ただ、その後に同じ枠組みで、売るほうと買うほうで、構いますか、構いませんかという質問をしているのです。そうすると、売るほうがよくない、買うほうは、まあ、構わないかなというのが数として多くなります、傾向として。
 そしてもう1つの傾向は、自分に関係ない人、自分も含めて家族とか知人とか友人とかいう人じゃない、全然知らない人が性的サービスをするのは、まあ、構わないけれども、自分や家族や知人が売買をすることはちょっと抵抗がありますという傾向が出てくるのです。
 まず、売るほうに厳しい。売るという場合、ほんとうは男性のほうも売ることはあり得るのですが、ここでの質問は、売るほうは女性、買うほうは男性という設定での質問です。だから、女性のほうにより厳しい、男性のほうにより寛容であるという傾向が出てくるのと、それから、他人がするのだったらいいけど、自分や自分の家族だったらちょっとねという傾向も出てくる。
 そうすると、今問題になっている、外国の人が多いのですが、日本人もいますけれども、ほとんどの被害者は、ほとんどというかほぼ全員ですかね、他人でしょう、言ってみれば。自分でもないし、家族でもないし、知人でもないし、友人でもない。そういう分類から言えば他人ですよ。だから、そうすると許容性が上がるといいますか、関係ない。好きにやったらというふうになっていくのだろうという傾向が読み取れました。すいません、これも、国立女性教育会館のサイトの中にありますので、またご覧いただいたらと思います。そういうことで無関心が続くのかなと思います。
 加害者は犯罪組織構成員に限らないと書きました。組織犯罪防止条約を補足する人身取引議定書とかいう言い方をします。組織犯罪というと、マフィアとか、日本でいったらやくざとか、犯罪組織が行う犯罪、行為だと誤解されやすいと思います。でも、そうではなくてこれは、何人かわかりませんけど、組織的に何人もの人がつながって初めて達成できる犯罪だという意味なんです。組織が行う犯罪じゃなくて、組織的に行われる犯罪。つまり、最初に誰かが勧誘する。勧誘だって、もちろんやくざなんか行きません。さすがに、例えばタイの人やコロンビアの人だって、いかにもやくざみたいな人が来たら、怖くて信用しないじゃないですか。隣の村の人だとか、あるいは親戚が勧誘することもあるのですけれども、何らかの知り合いが勧誘する。普通の人と思われている人たちが。
 それで、どこかに運ばれて、日本に運ばれますけれども、運ばれるときもアルバイトでアテンドする人たちだっているわけです。例えば、関西空港とか成田空港に迎えに加害者側が来るのですけど、そのときも、見るからにやくざが来たらちょっとやっぱり怪しまれてしまう可能性があるから、アルバイト料を払って、誰か若いカップル、夫婦に、友達を迎えに行くふりをして迎えに行ってねとか。それはアルバイトです。そういう意味で、いろんな人が関与している。リクルーターは身近な人。アルバイトで輸送する人もいる。
 それから、やっぱり買春をしたりする人。それから、労働搾取で言えば、企業の経営者。ほとんどは零細な企業なのですけど、工場とか農場とか。例えば、日本で縫製工場がたくさんあると思うのです。私たちはついつい、ああ、こんなに安くてよかったねと。特に安いものがあると。でも、何でこんなに安くできるのだろうとあんまり考えたことがないんじゃないかと思うのです。原材料とか、いろんな機械の設備も要るし、もちろんそこに人件費が加わって利益を加算して、初めて製品の価格は決まるのでしょう、単純に。何でこれが100円でできるのだとか、何でこのTシャツが500円でできるんだとかあまり考えたことがないだろうと思うんです。でも、経営者のほうは安く使えていい。購買者も、安くてよかったねという話になってしまうわけです。
 経営者は、研修とか技能実習で今一緒に問題になっていますけれども、会えば普通の経営者です。別に、私たちに対してはそんな乱暴なこともないし、ごく普通にノーマルな方たちです。でもその方たちがやっぱりチープレーバーを使ってしまうのです。購買者は全然、何でこの商品がここにこれだけの値段であるかなんて、およそ考えないで買ってしまう。一種の需要ですよね。そういうふうに、普通の人が、過失だと思いますが、事情を知らないで関与しても、でもその人たちがいないとこの流れは成り立ちません。だって、末端のところで需要がなかったら動かしませんもん。一応最低限の経費だとか危険が伴うわけですから、売れると思うからやるわけです。そういう意味で、不可欠な構成要素だと思います。
 だからそこを自覚しなきゃいけないというのと、もう1つは、やっぱり繰り返しになりますが、何で来ているのかなと。残念だけれども、最近ある検察官が、女性の話ですけど、「いや、でも、どうせ金もうけに来ているのでしょう。帰ればいいでしょう」みたいなことをぽろっと言っていました。一応、政府として対策をとっているのですよ。だけれども、そういう意識というのはやっぱりその検察官に限らずあるんだと思います。
 でもそれは自己責任なのでしょうか。勝手に来ているのでしょう。言っておきますけど、勝手に来ようといったって来られないですよ。だってパスポートも持っていない、帰国のチケットもとったことがない、日本で受け入れ先がいなかったら絶対1人で来られるわけないじゃないですか、当たり前ですけど。誰かがお膳立てして初めて来ているわけですよ。それを自己責任ということで切ってしまっていいのかどうかという話です。
 その下も、日本は送り出し国でなく、受け入れ国なのですよね。でも、からゆきさんという言葉は、多分皆さん聞いたことありますよね。かつては日本の女性が売られていっていたと。送り出し国だったのです。でも今は受け入れ国。なぜなのか。
 もちろん、経済的な発展が背景にあると思います。基本的には、人って労働移動ですから。つまり、労働移動っておかしいけど、被害者は働くために勧誘に乗っているのです。働くのです。皆さん自分で考えてみて、私たちは今、日本で、とにかく経済不況とか何とか言っても、例えば明日の生活費をどうしようとか、親の治療費がかかる、子どもの教育費をどうしようというときに、じゃ、外国に行って働こうとすぐには思わないですよね。何とかそこで厳しいかもしれないけど仕事を見つけて、どうしてもそれが厳しかったら、社会保障制度もある程度のところは使えるわけでしょう。それで、何とか生活を私たちはできるわけです。
 当たり前だけど、アジアの人たちもほとんどは、ほんとうは別に来たくないのです。自分のところで生活できれば来ないと思います。全然、好き好んで来ていませんよ。自分のところで生活できるようにするためには、基本的には本国の責任ではあるけれども、でもそういう気持ちを利用してリクルートして連れてくるわけでしょう。全然自己責任ではないと思うのです。ほんとうにまじめに働こうとしている。それで、できる範囲ではありますけど、送金したりすることもあります。全部は送金できませんが。
 では、何で日本は受け入れ国なのかという話に戻りますが、やっぱり、正直言って労働も性もそうですけれども、需要に寛容な社会の意識というのは非常に強いんだろうなと思います。先ほど触れませんでしたけれども、例えばポルノについても、児童ポルノを皆さんご存じだと思いますけど、被写体が17歳まで。その場合には、製造とか流通させること、売買することは違法だということで処罰対象なのですが、ただ単純に自分が見るだけで持っている、これは児童の場合ですら、何のおとがめもありません。では、被写体が18歳ならどうか。これは何の規制、何のペナルティーもない。それから買春についても、買春としては何の処罰もありません。何のペナルティーもありません、ご存じだと思いますが。風俗店を経営する人については一定の制裁はあり得るのですが、お客さんには何のおとがめもなしでしょう。
 それから労働搾取に関しても、今、少し入管法が変わって、研修・技能実習について厳しくなりました。それまでは、研修期間は労働基準法の適用がなかったのです。実際は労働なのに、研修だという名目で何も適用がなかったのです。それが少し変わって、労働基準法もある程度のところは適用されるようになりましたが、でも、実際に守られているかどうかというと、それは違う。例えば、『時給300円の労働者』という本が出ているのですけれども、研修とか技能実習について、300円ですよ。ほんとうは300円よりもうちょっと安いのではないかかという話もあるぐらいですが、明らかに違反でしょう。違反ですよ。賃金については最低賃金法になりますけれども、明らかに違反。それで1日10時間とか12時間働かせる。逃げたら、本国で保証金を取られていますから、それを没収とか。あるいは、逃げようとしたら、場合によっては暴行、殴ったりすることもあるのですが、そういうことがまかり通っていて、しかもそれをするのは、困ったことに普通の人。ほんとうに寛容な意識があるのだろうなと思います。それが一番だと思います。
 あとは法制度、社会制度の問題ももちろんあるのですが、法律が不備だということはもちろんあると思います。こういうのを変えないと、なかなかだろうなと思っています。
 この辺はなかなか難しいんですが、先ほども言いましたが、何でこんなに安いのか。やっぱり適正な対価を払うべきですよね。これについて日本は、製造過程を透明化するような制度がないと思いますので、こういうものはつくっていってもいいのかなと思います。消費者も安ければいいという発想は、そろそろやめたほうがいいのかなと思っています。
 そろそろ終わりにします。人権教育というのは、多分もうほとんど学校とか、抽象的な人権教育はなされているのだと思うんですが、具体性があるのかなと時々思っています。つまり、一般的に人権は大事だねと、それはもちろんいいのです。大切な話だと思います。でも具体的に、例えば外国人への差別としてどういうものが起こっているのか、女性への差別としてどういうことが起きているのかということを、どういうふうに伝えていくのかという問題。
 と同時に、否定的な面だけじゃなくて、まさに同じ人間でしょうと。これも抽象的になってしまうかもしれませんが、同じ人間としてこういう状況がいいのか。つまり、そこで想像力を養って、具体的に想像してみる。例えば、先ほどのDVDでは出てこなかったのですが、後半部分、被害者の中に13歳の女の子が出てくるんです。タイのシェルターで保護されている女の子なのですが、その子は日本にいて、1日5人も6人も強姦されているわけです。売春という言い方をしますが、私どもに言わせれば強姦ですよ、はっきり言うと。13歳といったら中学1年か2年じゃないですか。皆さんのお子さんの年代かもしれない。あるいは、もうちょっと上であっても、17歳、18歳でも、20歳でもいいんですが、皆さんの家族にそういう人がいるかもしれない。たまたま私たちは日本に住んでいて、日本のパスポートを持っていて、そんなことをしなくても、しなくてもというのは変だけど、日本で何とか暮らしていける。でも、その子たちの立場に立ったら、あるいはその子たちの親の立場に立ったらどう思うのだろうかということを具体的に想像するようなことができないのかなと、抽象的ですけど、そういうふうに思っています。
 あと、これは自治体関係でお願いできるのかどうか私はよくわかりませんが、先ほどのDVDは2004(平成16)年なのです。実は警察庁に何度も、あれは非常にいいので新しいのをつくってくださいとお願いしているのですが、予算がありませんと言って断られています。確かに予算の問題はあるかもしれませんが、やっぱり映像資料というのはとてもいいと思います。私の下手な話よりも、よっぽど映像のほうがいいのだろうといつも思っています。仮に映像までいかなくても、何かわかりやすい、絵、イラストでもいいし、そういったものがつくれたらいいかなと思っています。もし自治体レベルでご検討いただけたら、そういうことがいいと思っています。
 あと、参考文献で挙げておきました。こういうものも関心があればご覧いただきたいと思います。
 繰り返しになりますけど、日本政府の対策は、内閣官房のウェブサイトを見たら出ています。それをまたご覧ください。
 では、一応このあたりで終わらせていただきまして、ご質問とかご意見があれば伺いたいと思います。

【補足】 需要の話に戻るんですが、性搾取にしろ、労働搾取にしろ、要するに、過失で関与してしまっている場合があり得るのですが、その人たちって、多くの場合家族がいます。つまり、誰かの夫であったり、誰かの親であったり、誰かの息子であったり、誰かの兄弟であったりとかいうことが多いです。だから、ほんとうはわりと身近な人かもしれないと思うのです。
 その人たちに、これって問題があるよということを、誰が伝えるかというときに、家族がいれば、それは繰り返しになりますけれども、家族が一言、言うことは、やっぱり意味があると思うのです。国際社会では人身取引とか人身売買はすごく大問題になっているけど、日本ではほんとうに、ほとんど触れられないような問題になってしまっています。でも、外国人がすごく安く働かされているみたいだとか、過労死した人もいますけれども、あるいは風俗街が、残念なことにあちこちの町にあります。そこで外国の人がいる。店の中にもいるかもしれないし、街頭にもいるかもしれない。そういうことって、何となく私たちみんな知っていると思うのです。
 でも、そこに、客も行っているのだろうなと思うけれども、それが家族だなんてあまり思いたくないから、思わない。でも、ひょっとしたら行っているかもしれません。
 申し上げたいのは、大きな教育とか啓発をどういう内容で行うのかを検討しなければいけないけれども、もう1つ身近なこととしてできるのは、やはり、ちょっと変かなと思ったら、そこで一言、私たち自身が声をかけていくこと。そこで嫌な顔をされるとは思いますよ。思いますけれども、でも、ほかに言う人がいないと思いますから、それは必ず一言かけていくことを心がけるということも、そういう小さなところから積み上げていくのかなと思っています。必ずこういう人たちには、周りに誰かがいるのですよ、家族が。全然無関係な人がやっているわけではないということを考えていただけたらなと思います。
以上です。