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人権に関するデータベース

全国の地方公共団体をはじめ、国、国連関係機関等における人権関係の情報を調べることができます。

研修講義資料

神戸会場 講義4 平成23年11月16日(水)

「HIV陽性者と人権」

著者
池上 千寿子
寄稿日(掲載日)
2012/03/28



 「ぷれいす東京」というNPO法人の池上と申します。
 「ぷれいす東京」は、名前のとおり東京を拠点に、HIV陽性者のためのケア・支援・相談のほかに予防啓発、研究・研修を行っております。活動を始めましたのが1994年、アジア初、日本初の開催となる第10回国際エイズ会議が行われた年に設立いたしました。
 自分がHIVとかかわったのはさらに古いのですが、皆さん、今年はエイズ30年というのはご存じでしょうか。30年前の1981年、初めてのエイズ症例がアメリカで報告されました。つまり、エイズという疾患があるのだということが判明してから、まだたかだか30年なのです。病気として発見されたのは最近なのです。もちろん、HIVというウイルスは、さらに前から存在していただろうということなのですが、病気として発見されたのが約30年前なのです。
 この新しい疾患が感染症であるということは、じきにわかりました。感染経路はおもにセックスと血液だということも、じきにわかりました。血液とセックスなら、予防方法は明らかですしコントロールはしやすいはずなのです。しかし、30年間で一体地球上で何人が感染したのか。もう既にお亡くなりになった方は大勢います。確実な数値はありませんが、UNAIDS(国連エイズ合同計画)という国連10機関が集まり、HIVエイズに関するすべての情報を集めている国際組織があります。これは1996年にできました。そこの推計で既に6,000万人以上の人が感染し、2,000万以上の方が亡くなったとされています。現在、地球上でHIVとともに生きている人は3,400万人もいらっしゃいます。
 日本でも増え続けています。ところが、日本で最近、HIVの情報を新聞やテレビで見たとか、読んだ方はいらっしゃいますでしょうか。──ほとんどいらっしゃらない。情報がないということは、どういうことかというと、その問題がないと思われてしまうのです。存在しないことになってしまうのです。
 私は、エイズについて大学でも教えておりますが、1年生にエイズについて「どう思うか?」と聞くと、大抵「アフリカの貧しい人たちの話」とか、「アフリカは貧しいがために女性がセックスワークをして、感染して、女性から子供に感染しエイズ孤児になったりとか、そこら辺が大変な問題なんですよね」と、このような反応が返ってきます。日本はどうなっているか知っていますかと聞くと、「知りません」と、回答が返ってくるわけです。
 実はつい最近、エイズに関してほんの少しですが、新聞に情報が出ました。厚生労働省が3か月ごとにHIV新規感染者とエイズ患者の報告数を発表しているのですが、直近の3か月間でエイズ患者報告数が、過去最高を記録しました。しかし、そのようなデータが少し出ても、ほとんど目に留まらない。あるいは、それはどういうことなのだろうということがよくわからないかもしれないのです。ですが、このデータからもわかるとおり、HIVとともに生きている人は、日本でも増え続けています。そして、日本で生きていく中でさまざまな問題を抱えています。
 HIV感染については、進行を抑える薬ができました。治療で治るのですかと思われるかもしれませんが、治るわけではありません。残念ながら治らないのですが、HIVは体に入ると、免疫細胞をやっつけて増えていく。その増えていくのを何とか抑えようと、大量のお金を投じて薬剤を開発しているのです。ですが、新薬開発とウイルスのせめぎ合いといいますか、新薬ができると、その新薬だけを服用しているとウイルスはじきに薬剤耐性をつくってしまうのです。そこで薬をさまざまに組み合わせて服用する必要があります。ですから、もう20以上の新薬が日本で認可されています。抗ウイルス剤、抗HIV薬剤などと呼びます。したがって、今、日本でHIVに感染したとしても、治療をすればエイズ発症にはならないで済みます。今までどおりでいいのです。もちろん、仕事もOK、勉強もOK、結婚もOK、子育てもOKという状況に1997年ごろからなっております。もう10年以上前ですね。
 これはどういうことかというと、以前はHIVに感染したらエイズになり、エイズになったら死ぬという強いイメージがありました。ところが、今はHIVに感染しても、早目にわかって薬を飲んでいれば、エイズにはならないですむ。つまり、死ぬわけではないのです。ということは、感染しても、HIVとともに生きていくことができるということです。生活が続くということです。
 薬ができたことは、医学的にはとてもいいことです。言ってみれば医学的には慢性疾患になったといえます。しかし治らない限り、HIVとつき合わざるを得ないのです。ですので、医学的にはうまくつき合いましょうという話になります。そうすると、HIVとともに生きるんだということをきちんと受け入れてくれる社会の条件が整っている必要がありますが、そこが大変難しいというのが現状です。
 つい最近も、看護職者の就職や就業についての差別的事例が報道されました。残念なことです。どのような職種であろうとHIVを利用して就職や就労の差別をしてはいけないと厚生労働省からきちんと通達が出ています。HIV感染を理由に従業員を解雇した企業が裁判で敗訴をしたという判例もあります。にもかかわらず、いまだに起きてしまう。
 このような場合たった一人で悩んでいる人でしたら、そのまま就労をあきらめたり職場をやめてしまいます。表にはでませんが泣き寝入りということになってしまいますが、本来あってはならないことなのです。
 今日は、「HIVとともに生きること」というタイトルのお話です。HIVに感染したからといって、死ぬとうことではない、HIVとともに生きていくんだとなったときに、どういう環境が必要なのか、何が課題なのかと、それを考えていきたいと思います。
 まず、「自分はHIV感染の可能性はない」、このように言い切れる方はどのくらいいるのでしょうか。
 自分は、これから先のことはよくわからないが、今のところHIVに感染している可能性はゼロであると言える方とは、どのような方でしょうか。性感染の可能性として考えてみましょう。まず、第一に考えられるのは、今まで自分はほかの人とセックスをしたことがない。マスターベーションはともかく、相手のいるセックスはしてない。他人への挿入行為は一切ないという方は、経路がないのだから、HIVに感染する可能性はないのです。ですが、こういう方は滅多にいない。
 では、今日まで自分がセックス(挿入行為、性交)をした相手は1人だけですといった場合はどうでしょう。大丈夫でしょうか。感染の可能性はあるのでしょうか、ないのでしょうか。これは微妙です。なぜかというと、その自分にとってのたった一人の相手にとっても自分がたった1人の相手であるかどうかということはじつは確かめようがないのです。
 ウイルスは、人や人間関係を選んで感染はしません。現在、3,400万人の方が地球上でHIVとともに暮らしています。アフリカやアジアは特に女性の数が増えています。UNAIDSは、2009年のアジアエイズ会議で、アジアの女性たちにある警告を出しました。
 それは、「HIVに感染したアジアの女性の数が大変増えているが、その女性たちの圧倒的多数は、生涯のセックスパートナーはただ1人だ」ということです。彼女にとっては一人なのだが、相手がいつかHIVを持ってくる。相手が1人だからと安心して予防をしないとしたら、あるいは相手が、僕は大丈夫だ、僕は関係ないといって予防をしないとしたら、彼女の感染のリスクは高くなってきます。
 HIVの感染率は、HIVを持っている人と予防しないでセックスをしたとき、1%ほどだといわれています。すごく低い。低いけれども、これを繰り返していけば確率は高くなります。ですから、1対1の関係だから安心ということは言えないのです。
 ところが、学生と話してみても、この辺りがものすごく誤解されているのです。
 まず、若い彼、彼女たちはHIV感染を自分にも可能性のあることだと思っていません。そして、予防のことはあまり語りません。どうしてかと聞くと、「だって、私たち恋愛だし、1対1だし」と言うのです。あるいは、「援助交際をやってない」とか、「風俗に行かない」などといいます。どうも性感染=セックスワーク、あるいは多数の相手と遊んでいる人なんだ、というイメージがこびりついているのです。そうなると、恋人どうしでは予防のことを語ることすらためらわれる。相手を信じてないのかと思われないかと不安になってしまいます。
 また、「去年検査に行って陰性だったから、大丈夫だよ」と言われたという方もいました。これも危険です。HIVの検査に自分で行って、陰性だと去年わかった。その陰性という結果は、今年のことは何も語ってくれないのです。検査の結果というのは、過去のことしか教えてくれてない。去年陰性だったから、今も大丈夫というのは、希望的観測であり、何の保証もないということが、なかなか理解されていないということがあります。こうしてHIVとともに生きる人が、増えているわけです。ですが、そこでどのようなことが起きているのか少し考えてみたいと思います。
 私たちは企業を対象に、HIV陽性者を職場でうけいれてもらうための研修を行なっております。人事採用の担当者はもちろん、管理職、職場の同僚がHIV感染を正しく理解して共に働くということを理解していないと、採用されなかったり感染がわかると解雇されてしまったりするからです。それはとんでもないしもったいない話なのです。
 研修ではまずクイズをやります。 「Q1
 HIVウイルスに感染してから10年たたないとエイズは発症しない。○か×か?」 HIVに感染してから平均10年くらいでエイズになりますよ、というのが従来の教科書的な回答だったのです。免疫が下がりきってしまうまで、10年かかると一口に言っていたのです。ところが、最近は、早く発症する人が出てきているということが、臨床の先生方から言われるようになりました。HIVに感染してから3年で発症した例があるそうです。一方で、HIV感染がわかってから、治療しながら20年元気で働いている人もいます。なんと言ってもエイズの歴史は30年で、30年しか蓄積がありません。今後40年、50年たてば、さらにさまざまなデータが出てくると思うのですが、本当に教科書風にはいかないといいますか、人間の体というのは不思議だなと、本当に人によって違うのだなと思います。
 ですから、HIVに感染してから10年たたないとエイズは発症しないというのは、間違いです。HIVは感染したからといって、熱が出るわけでもないのですから、大抵わからないのです。感染しても、自分ではわからないというのが、やっかいなところであります。せきが出るだの、熱が出るなんていうと、少しおかしいなと思いますが、わからないままで、気づいたときにはエイズだったという方が、日本では増え続けて年間400人をこえました。エイズが発症してからわかった方は、エイズを発症して初めて病院で、もともとの原因がHIV感染だとわかる。もしそれ以前にわかっておれば、エイズ発症にならなかったのかもしれないのです。
 「Q2、自分ですすんでHIV検査を受けて、感染に気づく人が一番多い。○か×か」 自分でHIV感染したかもしれないから、検査に行こうと、このようなとき検査に行くところはたいてい保健所や検査所です。日本では無料です。しかも匿名でOKです。無料、匿名で保健所ではHIV抗体検査を行なっています。これはHIV検査を受けたいと電話をして、何曜日の何時に行なっていますかと聞きます。毎日行なっているわけではないですから、場合によっては予約してくださいと言われることもあります。もちろん予約時も名前を言う必要はありません。こういう場合は受検者に検査を受ける準備ができているといえます。HIVに関する情報もあるていどもっているでしょう。
 このクイズも、実は回答は×です。毎年、日本でHIV感染者エイズ患者と報告される方は、約1,500人います。そのうち、自分でで保健所に行きHIV検査を受けたという方は新規感染者のうち4割前後を推移しています。
 では、6割はどこでわかるのでしょうか。一般医療機関での検査が中心です。なぜ一般医療機関の検査かと思われる方も多いと思います。最近、手術をされた方、入院された方、内視鏡検査をしたとか、あるいは女性の方で産婦人科に行って妊娠検査をしたとか、そういう方がおられたら、もう既に経験なさっている方もいるかもしれません。今、日本の多くの病院では、手術術前検査といって、手術をする方全員、あるいは内視鏡を使った検査をする方全員に、術前のルーティン検査としてさまざまな検査をしています。その際、「検査をお願いします」とサインをします。その検査の中にHIV検査が入っていることがあります。
 問題はその後です。サインしたということはどういうことかといいますとHIVの有無という個人情報を取得してもいいと合意したということになります。HIVがあるかないか、個人情報を医療機関に渡してもいいと同意したというサインです。しかし、そのときに、何の検査で、検査の結果どうなるかという説明を十分に受けているのかというと、残念ながらきちんと説明してくれないのです。患者も「お願いします」「よろしく」という感じで、質問もしません。結果はどうあれ何とかしてくれるだろうと考えると思います。ところが、この検査でHIV陽性だとわかると、だいたいどのようなことが起こるかというと、「うちの病院では診られません」と言われます。
 日本感染症学会によると、検査をしたのに、その検査をした病院で治療をしないというのは、診療拒否にあたるのです。しかし、実際はこのような診療拒否がおきるのです。
 日本はHIV診療のための拠点病院というのを厚生労働省が指定しています。HIV陽性者の診療拒否が多かったからです。「HIV陽性者がいると、ほかの客(患者)が来なくなるので、商売になりません」「医師は大丈夫だけど、診療所で働いている人たちがHIV感染者の診療を拒否する」などと理由をつけました。とにかく、長い間診療拒否されてきたのですが、診療拒否する理由は医学的にありません。そこで厚生労働省はHIV診療のための拠点病院を指定したのです。ところが、この結果どうなったかというと、拠点病院に指定されない医療機関はHIV陽性者を診なくてもいいと、なってしまった。検査をして陽性の人が出たら拠点病院へ回せばいいわけです。患者はそういう説明を何も受けておらず、突然今日から当院には来ないでくださいと言われたとしたら、どう思うのでしょうか。
 ある人の例ですが、ひどい下血をして病院にゆき直腸の内視鏡検査をすることになりました。当院では、内視鏡検査の前にはこういう検査をしますからよろしくと、渡された書類にはHIVと書いてあったそうです。その方は、自分がもしかしたらHIVに感染している可能性があると思っていた人なので医者に聞いたのです。「もし自分がHIVだとわかったらどうなるのですか」とこの病院でちゃんと診てくれるのですよねということを聞きたかった。
 ところが、返ってきた答えは違ったというのです。どういう答えが返ってきたかというと、「使い捨て器具を使いますから大丈夫です」。つまり「院内感染は防げます」ということしか言わなかった。結局、その人はその病院では診てもらえなかった。救急車で違う病院に搬送されたのです。そのとき、その人はこの検査は自分のためのものではなかった、病院のスタッフを守るためだったのだと痛感したといっています。自分が陽性だとわかったら、医療を拒否されたと思ったわけですね。下手をすると、医療不信になってしまう。
 この人の場合は、自分がHIVに感染したかもしれないと思っていて、わざわざ質問したのです。HIVだったらどうなってしまうのだろうと。ですが、大抵の場合、必要な検査ですからサインしてくださいと言われてサインするときに、自分がHIV陽性かもしれないという可能性は、ほとんど考えていない。ほとんど考えていないから、エイズについての情報を持っていません。
 そうすると、突然HIVと言われて、「この病院ではだめです」などと言われときには、もう死ぬのだと思って、閉じこもってしまったり仕事をやめたりするのです。HIV=エイズ=死というイメージしかない。今でしたら薬がたくさんありますね。仕事をやめる必要は全くないのです。ところが、やめてしまったりしたら、再就職はとても難しくなってしまいます。
 ですから、なるべく安心して検査が受けられる環境というものをつくっていかないといけない。安心して自分の状態を発見して、安心してそれとつき合える環境というのは、HIVを持っているとわかっても拒否されないという環境ですよね。職場でも学校でも地域社会でも。それがないと、安心して検査にも行けない。そうすると、エイズになってからしかわからない人が増えてしまいます。情報がないと、HIVだと言われた途端に、人生終わりだと思って自死してしまう人、あるいは医療に捨てられたと思ってしまう人もいるでしょう。それはとてももったいない。本人にとってもまず損失だし、社会全体にとっても損失であります。
 「Q3、5割以上のHIV陽性者は、職場でカミングアウトしている。○か×か」 カミングアウトして職場にHIVであることをわかってもらっていたほうが、いいです。というのは、治療が始まれば毎日薬を飲み、1か月か2か月に1回は通院しなければいけないのです。このことを理解してもらわないと服薬も通院も周囲にわからないようにしなければいけません。なにしろ長期間のことなのですから。隠しているということは長期になると、それだけでストレスになります。
 しかし、この答えは×です。5割もいません。ぷれいす東京の調査では職場のだれかにカミングアウトしているのは26%です。つまり、4人に3人は自分がHIVだということを知られないようにして、HIVとともに生き通院もし、服薬をしていることになります。
 実際、薬を飲んでいるとウイルスの量が減り、免疫力は上がります。ウイルスの量が下がると感染力も下がるということなのです。ですから、薬でコントロールできている人のほうが、感染に気づかずに感染とは無関係と思い込んで予防をしない人よりも安全だといえるくらいなのですが、どうもHIV陽性だということは、職場に言いにくいようです。「インフルエンザだから休みます」、というようなぐあいには言いにくい。職場で感染するウイルスでもないのにです。
 なぜ言いにくいのかというと、インフルエンザとは違い、性感染というと梅毒や淋病の時代からウイルスではなく人格の問題にされがちなのです。
 性感染は自業自得とよくいわれますが、感染するあなたがいけないとか、感染者はウイルスをまき散らす人という方向につながってしまします。これがほかの疾患と違うのです。感染を告げられた方もインフルエンザなら「大事にしなよ」という反応になりますがHIVはそうなりにくい。すると感染しているとはなかなか言えない。言えないと隠してしまう。そして隠し続けるということが、服薬よりストレスになってしまうのです。そして、本人が言えないと周囲にはHIV陽性者は「いない」ということになり、それが前提になるとますます「言いにくい環境」になってしまいます。
 「Q4、HIV陽性者が紙で手を切った場合、その血液に触れても感染しない。○か×か」 HIV陽性者と一緒に働くとなると、「出血したときにどうするの」とよく聞かれます。しかし、頻繁に出血する職場というのはほとんどないですよね。
 これは◯です。感染はしません。HIVは粘膜から血流にはいると感染の可能性がでてきます。皮膚というのは、粘膜と違って免疫の最前線です。皮膚に血液が触れても血流にははいりません。だいたいHIV陽性の人は、自分の血液がHIVを持っているということをよく承知しています。出血したとき、自分で処理する。処理できないときは救急車を呼んでもらう、そういう準備ができているのです。
 同じ感染経路であるB型肝炎やC型肝炎のほうが、HIVより感染力が強いのですから、職場で実践している一般的な血液管理で十分で特別にしなくてはいけないことはあまりないと思います。基本的な衛生管理として血液の対処を身についておけばいいわけです。 「Q5、現在でもエイズで亡くなる人は多い。○か×か」 これは、減っています。抗ウイルス剤ができているためです。ありがたいことです。
 HIV陽性の人はどんな生活をしているのか、ぷれいす東京の調査からまとめてみますと、40%はひとり暮らし。70%以上が自分の収入を主な収入源としている。ひとり暮らしの場合は、年収は100万から数千万円と大きな差があります。また、20%は、過去1年に海外旅行も行っています。あらゆる職種にいます。収入にももちろん差があります。医療関係者や学校の先生、会社員、公務員、自営業から無職の方もいます。
 感染が判明する前に働いていた人のうち、80%がその後も就労を継続しています。ですが、この方たちのうち、自分はHIVに感染したと職場のだれかに伝えているのは26%です。
 HIV陽性者の47.1%、約半分の人が1日1回薬を服用しています。これはありがたいです。薬が登場したころは、1回に何錠も飲まされたのです。これは食前、これは食後、これは何時間おきと、大量の薬を飲まされてとても大変だったのですが、製薬メーカーが研究開発して、1日1回や1日2回、また薬を組み合わせて1錠にするなど、とても飲みやすくしてくれています。ですので、1日1回ないし2回服薬される方がほとんどです。一方、未服薬の方は17.1%おります。これは、HIVだということが早目にわかり、免疫がまだ高いからです。薬はある程度免疫が下がってから飲みはじめますので、免疫が高いうちは薬は飲まなくていいのです。
 通院はどうでしょう。47%が月に1回、27.6%が2か月に1回、これで75%を占めています。また、85%は社会生活に問題のないレベルの状況です。
 日本ではHIV陽性者は住民票があれば、国籍に関係なく障害者認定を申請でき、障害者認定を受けると医療費の助成が受けられます。抗HIV薬には何種類もあると言いましたが、実に高価なのです。開発に莫大なお金がかかっていますので自費で飲むとすると、薬代だけで月に20万、初任給が吹っ飛びます。年間200万を超えてしまうのです。薬代だけでです。こんな薬を自費で飲める人ほとんどいないですね。1か月だけなら飲めるかもしれません。しかし、薬を1か月飲んでやめたら、薬剤耐性がすぐウイルスにできてしまうのです。ですので、いい加減に飲んではいけないのです。
 自費ではたまりませんので、日本では健康保険が使えます。保険を使っても毎月の医療費は結構かかります。それも大変という場合は、障害者認定をうけると、医療費の補助という可能性が出てくる。そうすれば、医療費負担がかなり減るわけです。これはいい制度だと思います。
 ですが、制度としてはいいのですが、この制度を使える人と使えない人がでてきます。まず、滞在資格がない人はだめです。住民票がないと国民健康保険にも入れません。HIV陽性者は、全員障害者手帳をもらっているかというと地域差があります。取得者はだんだん増えてきて、東京が一番トップなのですが、これはやはりプライバシーの問題が絡んできます。
 障害者手帳の申請というのは、本人の顔写真を貼って役所に出さないといけない。これがもし地元の役所に担当課でも何でもいいのですが、同級生が働いているとか、親戚がいるとか、友達がいるとか、こういうことになってくると、申請を出しにくくなる人がいます。あの人はHIVなのだという個人情報が漏れるかもしれないと恐れるからです。漏れたって問題はおきないし大丈夫だという社会なら問題ないのですが、漏れるとまずいことになるのではないかなと予測すると、申請ができなくなります。
 申請のメリットとデメリット、これを天秤にかける。制度を利用するより周囲に知られる方がこわいとなると、そのリスクを回避します。この結果、東京から離れるほどプライバシー漏えいの不安が高まるようで、障害者手帳の取得率は下がるのです。
 自分が働いているところ、あるいは地域社会の中で個人情報がどう扱われているのか、健康情報がどう扱われているのだろうかを判断せざるをえません。
 たとえば健康組合からやってきた健康情報が、個人あてに封をして送られてくるのだというのなら安心です。ですが、場合によっては人事課に行くとか、一覧表が総務課の机に置いてあるような環境だとしたらまずいです。健康診断で異常が出ると多くの人は知ってしまう、となると健康診断もうけにくいです。ですから、企業内の健康診断では、厚生労働省の通達により、HIV検査はやってはいけないことになっております。自主的に加えてもらうのはいいのですが集団に強制してはいけないのです。
 HIVの集団検査、強制検査、無断検査はやってはいけないというのが、国際ガイドラインで決められております。HIVの検査はあくまでも本人の自発的な意思によって、十分な情報を得て納得してから、いわゆるインフォームド・コンセントのうえで検査を受けるものとされています。
 ですが、例えば会社の健康診断となると、「ノー」と言いにくいということがあります。たてまえは自発検査ですが集団検査になりやすい。
 第一、従業員のHIVの有無を企業の健康診断で知る必要があるかないか。ないでしょう。しかし、感染判明後に就労を継続しているHIV陽性者のうち、自分が働いている会社の健康診断を受けていないという人が、半数ぐらいいます。ほかの社員に比べたら、受診率が非常に低いです。
 なぜかといいますと、会社の健康診断にHIV検査はふくまれていないのですが、強い抗ウイルス剤を飲んでいることによって、異常値が出る項目があるのです。強い薬ですから、副作用も強いのですが、異常値もでやすい。それが引っかかる。その結果、再検査とか精密検査とか勧められたり、いろいろ詮索されるといやだ。だったら、健康診断はパスしようという心理にもなります。
 ですが、毎年企業内健康診断を拒否していると、それも変だねという話になってしまうかもしれませんね。1回や2回は何とかなりますけどね、ずっとはむずかしい。これからの社会、だれもがなんらかの疾患をかかえながらそれと上手につきあって生活する、社会貢献をする、社会参加するということが当たり前になってほしいと思うのです。
 そのような社会にむけて、安心して働ける職場かどうか、個人情報はどう扱われているのか。HIVにかぎらず、問われてきています。だから、言ってみればHIVはリトマス試験紙みたいなものです。
 欧米ではHIVを持っている人が当たり前に周囲にいますので、欧米の企業ではHIVがあろうがなかろうが、あらゆる差別はしませんということを社是にして、それが社会貢献の尺度となるといいます。あるいは、少数派を差別しません。多様性(ダイバーシティ)がわが社のモットーですという企業も少なくありません。障害があろうと、性的指向がどうであろうと、国籍、性別、宗教にかかわらず一緒に働くことを応援するということです。ダイバーシティを認め差別などしないということが、社会貢献だとうたっている企業はそのことで企業の印象がよくなるといわれています。
 残念ながら、日本はまだここまでいっていません。HIV陽性者が社内にいることが公表されると企業イメージが悪くなるのではないかと心配する経営者もいます。これはとても残念です。
 日本でもHIV陽性がわかってから、企業にカミングアウトして全社的に受けとめられている例もふえてきました。これをテレビで紹介してもらえたら、ほかの企業も安心するのではないかと思います。
 実際、本人も人事担当者も、テレビカメラの前で話してもいいですよ、というところまで話が進んでいたケースがあるのです。
 ところが、土壇場でぽしゃりました。理由は何か、この企業の広報からストップが入ったのです。こういう話題で我社は有名になりたくないとのことでした。大変残念でした。
 HIV陽性者は、早目に感染を知り、適切な治療を受けることで感染前と同じように働くことができます。一緒に働くことで周囲の人が感染することもありません。だから、本人からの申し出がない限り、特別な配慮は必要ないのです。
 日本では、HIV感染に気づいている人の多くは、職場にそのことを告げていません。告げる必要がないという場合もあるでしょうが、告げたら解雇やリストラなどの対象になりはしないかという恐れで言いたいけれど言えないというケースはすくなくありません。 職場だけではないですね。HIV陽性者も歯が痛くなります。歯医者さんにHIVだと言うと、大抵「うちでは診られません」となります。あまりにも診てくれる歯医者さんが少ないので、HIV陽性とは言わずに診療を受けています。今、診療拒否をしない歯科医たちがHIV歯科診療ネットワークをつくって、仲間を増やす活動をしてくれています。しかしなかなか広がらない。歯科クリニックがHIV陽性者を診ていると公表すると、ほかの患者さんが怖がって来ないのではないかとかと思うわけです。
 これは、とてもマイナスです。HIV陽性者を診られる歯科クリニックというのは、感染の予防対策をしっかりしているクリニックですから、だれが行っても安全・安心なのです。そのプラスイメージを定着しないと、大変難しい。
 HIVだけではなく、人は、外からではわからないし言いにくい困難さを抱えていることが多いです。HIVだけが何か特別な問題があるのではありません。HIVは、だれにでも、私たちの大切な人たちや家族にも関係があります。すべての人に感染の可能性があるのです。
 厚生労働省が発表しているHIV新規感染者報告〜年代別の推移(グラフ)をみてみましょう。2008年までですが右肩上がりで増えています。じつは2009年に検査件数が減少して報告数も初めて前年より若干減少しました。新型インフルエンザの影響で検査件数が減少したのかもしれません。その後また報告数は増えています。が新規HIV感染者報告というのは、まだエイズを発症していない段階で感染が判明した人のことです。 新規HIV感染というと、若い人が多いのではないのかと思うかもしれません。初めてのセックス経験年齢が低下しているとかいう情報が、マスメディアではよく流れています。しかし、グラフを見てもおわかりのように、新規感染報告はあらゆる世代で増えています。20代、30代、40代、50代で増えています。20歳未満はごく少ないです。
 もちろん、HIV感染とわかったとき、感染直後だとはかぎりません。感染してから数年たっているかもしれません。ですが、HIV検査に関する研究班のデータによると、自分から検査にいくような人は、感染してから1年以内くらい、早目に検査に行っている傾向があるそうです。かなり早い時期でわかっているのですね。ですから感染がわかったときは、まだ免疫が高い方も少なくない。必要に応じて治療を始めながら生活していくことになります。
 となると高齢化問題とも無関係ではいられません。実際60代、70代のHIV陽性者をうけいれてくれる高齢者用介護付き施設はどれくらいあるでしょうか。これまでは前例がなかったことですので受け入れ準備をしなくてはいけません。施設で働いている人、施設の利用者やそのご家族などの理解が必要です。
 一方で、こういうケースもありました。介護つき施設で働いているヘルパーさんでHIV陽性の方がいます。やはり職場の仲間にはわかっておいてもらおうということで、上司に相談したところ、職場での公表はとめられました。職員全員の理解を得られるとは限らない、あるいは、職場でのカミングアウトを聞きつけた利用やの家族の人が、拒否したらどうしようもない、という配慮で「言うな」ということになったようです。このような状態が続くといつまでたってもHIV陽性者は「いません」という前提の環境になります。じつはもうすでに、HIV陽性者はとなりであなたと同じように生きているのです。生活し、働いているのです。
 次のグラフは、エイズ患者報告の年代別推移です。つまり、感染がわかったときにはすでにエイズだったという人の数ですね。この2008年に400を超えました、2010年は439で過去最高になりました。20代、30代、40代、50代、60代ですね。あらゆる世代で増えています。
 最後のグラフはHIVの病変死亡報告数の推移です。前の2つのグラフの報告数は全数報告ですが、病変報告は任意報告なので実数を反映しているとはいえません。しかし、1996年、97年から抗ウイルス剤による治療が始まっていますから、以降は減っております。ですから、医学の恩恵、制度の恩恵をだれもが公平に平等に利用できて、安心して早く発見して、安心して疾患とつき合いながら生活し、働き、家族もつくれる、そのための環境づくり、これが大変重要だと思います。
 
 最後に手記を紹介します。ぷれいす東京ではHIV陽性者とともに活動や研究をしていますが、HIVについての予防がすすまない理由は「他人事意識」であることがわかりました。疫学情報や知識があっても「自分にはおこらない、関係ない」という意識が壁になるのです。他人事から自分事への意識の転換をするには、自分とおなじような、あるいは家族や友達にいるような人が実はHIV陽性で、こんな気持ちで生きているのだ、という手記に触れる(声をだして読む)ことがとても有効だとわかりました。そこで「わたしたちはもうすでにともに生きている」という意味で“Living Together Our Stories”という手記集を作成しました。19の手記がありますが、そのなかから3つ紹介します。
 
 「何気ない一言」
 昼休み、マッサージをしてくれるというのでお願いすると、私の肩にかかった髪をのけながら、彼女は笑って言うんです。「悪い病気を持っていないから、安心してね」。いただき物の和菓子を食べていたときのこと、「甘いなあ、おまえにやるよ。おれはエイズじゃないから大丈夫だよ」。そんなことでは感染らないのに、その人たちにとって病気を持っていること、エイズでないことが衛生的で人を安心させる代名詞になってしまっているのでしょうか。
 HIVは、血液、精液、膣分泌液から感染するのであって、肌が触れ合ったり、同じ食べ物を食べたりしてうつるものではありません。私は、感染程度の知識がありながらも、人ごとのような気がしていて、彼との行為でコンドームを使わずに感染したのです。これは、人を愛したり愛される限り、だれがかかってもおかしくない病気なのです。
 皆さん一人一人がよく考えてみてください。もしあなたの職場の女子事務員が私だったとしたら、あなたはどういう態度をとりますか。
 
  「あしたももっといい日」
 朝6時に起きて、お弁当と朝御飯をつくり、娘と一緒に朝食。娘を小学校へ送り出し、朝の番組で占いを見てから会社に行く。運転中は、大好きな音楽と一緒。会社に着いたら、まず自分と同じ部署の人たちの机をふいて、それから仕事。お昼休みは同僚とお弁当を食べながらおしゃべり。たまにコーヒーを入れたり、おやつを食べたりして、忙しいときには残業もしてきた。
 母が用意してくれた夕食を娘と一緒に頂いて、みんなで今日一日の話をする。宿題を手伝ったり、本を読んだり、テレビやビデオを見たりして夜を過ごし、娘と一緒におふろに。きょうも一日いい日だったね。あしたももっといい日だねと言い合ってベッドに入る。幸せ、こういう毎日がとっても幸せ。
 12年余り前に感染がわかってしばらくは、感染をしていない人以上に幸せにならないと、プラスマイナスゼロにならないような気がしていた。それほどHIVは私にとってネガティブなものだった。今は、HIVはただのHIV。私は私、毎日大好きな人たちと一緒に過ごし、大好きな仕事をして、大好きなことをいっぱい楽しみ、自分らしくいられる。いいな。HIVはただのHIV、こういうことがどんどん広がってくれると、本当にありがたいなと思う。
 
  「無題」
 本当にいろいろなことがあったけど、今は結構幸せかなあ。HIVという単純な事実を事実として受け入れる、たったそれだけのことのために、何年もかけてしまったことは、それでよかったのかもしれない。その経験があって、今の僕がいるわけだから。
 でも、家族にはすごくきつかったんだろうな。母親には僕がHIV陽性だということも、ゲイだということもすべて打ち明けました。僕一人で2つの事実を抱えていられなかった。いつでも無条件に優しい母が、一度だけ声を震わせて言ったことがある。「孫はあきらめたから、もう気にしなくていいから。同性愛だとかゲイだとか、お母さんには何がなんだかよくわからない。そんなことはどうでもいい。あなたが健康で幸せなのが、お母さんの唯一の願いなの。だから、一つだけ約束してちょうだい。親より先に死ぬような親不孝だけは絶対にしないで、それだけは許しません」。
 僕は幸せになるために生まれてきたんだし、それだけを願っている人もいるのだから、多少時間がかかってもいいから、もう一度自分の人生を始めてみようと、そう思った。
 今、僕には大好きな人がそばにいる。彼もまた、パートナーがHIV陽性だという単純な事実を事実として受け入れようとしてくれている。時間がかかってもいいよ、僕だってそうだったんだから。世の中そんなに強い人ばっかりじゃないって知っているし、それでいいと思っている。
 
 映像も作成しました。企業や行政の研修用のDVD教材です。そのなかで最近テレビでもカミングアウトしたHIV陽性の方に服薬や職場の経験を語ってもらっています。ご覧ください。
 
 [研修用映像の放映]
 
 
 ありがとうございました。