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人権に関するデータベース

全国の地方公共団体をはじめ、国、国連関係機関等における人権関係の情報を調べることができます。

研修講義資料

東京会場 講義4 平成23年9月15日(木)

「インターネットと人権」

著者
吉川 誠司
寄稿日(掲載日)
2012/03/28



 みなさん、こんにちは。WEB110の吉川です。レジュメには書いてはいませんが、個人でやっておりますボランティア相談のほうでは、相変わらずさまざまなインターネット上の人権侵害相談が舞い込んできております。解決する上での問題だとか、法的な弱点などを感じております。
 本日は人権というテーマで研修会を開催されているとのことで、さまざまな切り口で人権のことをお話する講師が来られているかと思います。私もプログラム拝見しましたが、同和問題、女性や子ども、ハンセン病問題など、さまざまな観点から人権というのを考えてこられてきたと思います。私はインターネットと人権という関係でお話ししたいと思っています。
 インターネットと人権ということになりますと、特定の権利の侵害ということではなく、あらゆる人権侵害がインターネットを道具として使われた場合にどういう問題があるのかというところの視点で考えていただきたいと思います。
 特にポイントとしては、人権侵害の道具としてインターネットが使われた場合、個人でもきわめて容易に重大な権利侵害が行えるということと、加害者を特定する上で、匿名性だとか、通信の秘密の壁だとか、さまざまな障害があり、容易に加害者が特定できず、被害者は民事的にも刑事的にも解決が困難であるという点です。
 そのようなことで、まず第1章では、インターネットで写真が悪用されることによるプライバシー侵害の事例をお話しします。第2章では、学校などで発生しているいじめですね、いじめにインターネットや携帯電話を使った場合どうなるのかということ。第3章が差別的書き込みの問題。という形で3つの類型の事例をご紹介して、最後に発信者の特定だとか、削除に関する手続き的なお話をしたいと考えております。
 まず、「平成22年における人権侵犯事件の状況」について、法務省から統計が発表されておりましたのでご紹介します。平成22年に新規に救済手続開始した件数が2万1,696件だったということで、前年比から若干増えています。
 その特徴として、学校におけるいじめに関する人権侵犯事件が51.9%増と、非常に増えていることが挙げられてました。
 次に動向ですが、プライバシー関係の事案は全体の8.1%ですが、そのうちインターネットによるものの事件の割合が40.2%を占めているということです。それだけインターネットというものが身近なものになってきて、犯罪を行う上でも必ずといっていいほどインターネットが関係してくるような時代になってきたのだということです。ですから、対応する側としても、そのインターネットが利用された場合の対応について、正しく知識を持っておかないと、被害者からの話さえ理解できないというような状況になりかねないと感じております。

第1章
 それでは、まずファイル交換ソフトからの個人情報流出の事例をお話しします。
 ファイル交換ソフトというものは、一般の人はあまり利用しないと思いますが、主にゲームとか音楽、映画などのソフトを違法コピーしたものを安全に匿名で交換するために利用されている特殊なソフトです。ネットワークはインターネットを利用しておりますが、P2P(ピアツーピア)ネットワークという独特のプロトコル(通信規)による通信が行われており、専用ソフトを持っていないとファイル交換ソフトのネットワークには入れない状態になっています。
 ただ、違法なコピーソフトの交換をするユーザー以外にも、最近はマスコミの記者の中にも利用している方が非常に多いと感じております。その理由は、このファイル交換ソフトを狙った暴露ウィルスと呼ばれるウイルスが、さまざまな情報を漏えいさせているためで、記者としてはこのソフトを使って常に情報を収集しておけば、警察の機密情報など、本来漏洩してはならないような極秘の情報なども出てくるということで、スクープネタを探す上では格好の道具になっているのではないのかと思うからです。
 流出した情報の中には、素人の男女の裸の写真なども多数含まれております。何故そういったものがあるかといいますと、例えばある男女が自分たちの性交渉の場面をデジタルカメラでとってPCに保存していたとします。そのPCでファイル交換ソフトを使っていたところ、暴露ウィルスに感染してしまった。この場合、本人の意思にかかわらずPCの中に保存したほぼすべてのファイルがネットワーク上に放流されてしまうのです。ですから、女性のほうも撮影をされることには同意していたとしても、まさかこのような形で自分の写真が世界中に見られてしまう状態になるなどと思ってもいないわけです。撮影したほうも意図的に放流したわけではありませんから、そのパートナーとの関係でいくと、特に加害者ということでもなく、むしろ被害者側に含まれるのではないかと思います。
 当初はファイル交換ソフトのネットワークの中だけに流出するのですが、今でも10数万単位でこのようなソフトを使っているユーザーがいますので、その中の何人かが個人情報が流れているのを知ると、それをインターネットの電子掲示板などで多くの人に知らせたり、流出画像を転載することによって、あっという間に一般のインターネット利用者の目にとまるところになるということです。
 ご覧いただいているサイトは、とある画像投稿掲示板ですが、この掲示板には「素人」というカテゴリーがあって、そのカテゴリーの中には多数の素人流出画像のスレッドが立っています。スレッドの名前自体に個人名が入っていたりするため、どこの地域のどの女性の画像なのかということまで特定された状態で画像がさらされています。
 このような形で、ファイル交換ソフトから暴露ウィルスによって流れてしまったさまざまな個人情報の中に、ひときわマスコミや多くの人の興味を引くような事件があった場合には、事の経緯を時系列順に丁寧にまとめた、まとめサイトというものが作られることがあります。
 少し実際のまとめサイトの例をご覧いただこうと思います。このサイトで紹介している事件の概要ですが、「流出画像の中に高校生ぐらいの娘がいる親子のスナップ写真がいろいろ出ていたなと思ったら、その娘のヌード写真が大量に入っていることが分り、これはいったい何だ、と。撮影場所は明らかに自宅で、撮影者がどうも父親ではないか」というところから大騒ぎになったわけです。この流出事件は、週刊誌の記事にもなっており、大々的に興味をそそるようなタイトルで事件を報じていました。
 このサイトでは、関係者の顔写真も掲載されておりますが、モザイクや目線などは入ってない状態で作られていました。
 また、どのような経緯か分かりませんが、流出したファイルの中に、被害者の自宅らしき手書きの地図の画像ファイルが入っていたのですね。本来、この手書き地図の画像だけでは多くの人はこの家族がどこに住んでいるかまではわからないはずでした。しかし、土地勘のある人が見た結果、ここに記載されている駅名から地域が推測されてしまい、誰にでも場所がわかるようにするために、わざわざ電子マップを作成にして、“ここだよ”と自宅部分を矢印で指しています。さらに、航空写真まで用意して、建物のところにマルをつけてしまった。最近はグーグルがストリートビューというサービスを提供していますが、ストリートビューはベランダの洗濯物も見えるぐらい至近距離から高解像度で撮影しますから、もしこの事件のときにそれがあれば、ストリートビューで撮った写真なども使われていたのだろうと思います。
 このように、まとめサイトが作られることで、誰もが事件の詳細を知ることになり、さらに流出したファイルの入手方法も全部書かれているので、新たに画像を欲しいと思う人に対して情報の拡散を手助けしていることにもなります。このようなまとめサイトが作られますと、マスコミが記事のネタとして、ニュースサイトに掲載したり、週刊誌や新聞に載せたりします。マスコミも被害の拡大に手を貸しているような印象を受けます。
 そして最後は、流出した画像を収集して無断で閲覧させるアダルトサイトなどが氾濫することとなります。そういうサイト限って海外のサーバを使っていることが多いので、日本で違法となるようなわいせつな画像であったとしても、アメリカなどでは特に違法ではないため、日本からわいせつ物公然陳列を理由に削除依頼をしても対応はしてもらえません。
 次に紹介する事例は、人探し掲示板というサイトです。結構前からこのサイトはありますが、なくなると思いきや、どんどんサイトが充実している気がします。いろいろ問題がありそうにもかかわらずサイトが続けられているということは、掲示板管理人が特定できないのか、あるいは問題があった場合にはきちっと対応しているのか、いずれかなのだろうと思いますが、いつ見ても掲示板に投稿されている書き込みは問題ではないかと思えてなりません。
 たいていの書き込みは、自分が探している人の名前やプロフィールや写真などを貼り、どのような理由で探しているのかを書いています。よくあるのは「借金を踏み倒して逃げている奴だから、誰か見つけたら教えてくれ」というものです。例えばキャバクラで働いていた女の子にお客としてお金を貸してあげたけれども、ある日突然店を辞めて連絡がとれないとか、です。もしそれが事実であれば、当然民事的な責任はあるわけですが、だからといって誰でもが見ることができるこの掲示板で顔写真とともにそのような不名誉なことを書くというのは、これは明らかに名誉毀損になるでしょう。しかも、もしそれが事実ではない場合には、完全に悪意ある加害行為でしかないわけです。
 その辺で特に気になるのは、女性を探している場合、もしかしたらストーカーの男が、自分から逃げた妻や恋人を突きとめるためにこの掲示板を利用しているのではないかという懸念があります。にもかかわらず、親切に情報提供してしまう人がいるということです。本来であれば、書かれていることが本当かどうなのかという信頼性がないので、むやみに他人の個人情報などをこのようなところで教えるべきではないのですが、なかなかその辺の判断がつかない人もいるようで、個人情報が不用意に公開されているのではないかと心配しています。
 次は盗撮写真の掲載という事例です。
 ご覧いただいているのは、街で見かけたかわいい女の子の写真ばかりを掲載しているサイトです。このサイトはブログ形式で、東京や横浜など地域別に、それぞれの地域で街頭撮影した女子高生の制服姿や私服姿、一部OLなども含まれており、このような写真を顔を隠さない状態で公開しています。ただ、盗撮といっても下着写真などではなく、普通に街を歩いている様子を撮っているだけなので、中には「かわいい子」だと紹介されることで喜んでいる女子高生もいるのかもしれませんが、本人に許可なく撮影して無断で公開しているとすれば、肖像権侵害に当たることは間違いないでしょう。
 しかし、このサイトに自分の学校の生徒が映っているということを知った学校が、警察など、いろいろところに相談したところ、「まず映された本人を特定して、本人が被害届を出すよう勧めてください」というアドバイスでとどまっている、と相談されたことがありました。たしかに、本人が同意しているのであれば、なんの権利侵害も発生していないわけですから、そこの確認ができない限り、プロバイダとしてもうかつに強制削除という手段は取れないわけです。しかし、そうはいっても、掲載されている女子高生が、そのことに自分で気づくかどうかすらわからないので、知らない間に撮られて、知らない間に掲載されている場合に、第三者にはなすすべもなく権利侵害が続く可能性もあるのだろうと思います。
 いっぽう、そんな悠長なことを言ってられないのが、トイレの盗撮だとか、公衆浴場の盗撮のように、およそ本人が撮影されることや公開されることに同意しているとは思えないようなケースです。しかしそのような盗撮サイトはたくさんあります。それこそ何千枚という単位で一般の女性の盗撮写真が公開されているのが現状です。
 実際あった相談事例では、ある女性が会社の同僚から、「あなたに似た人が盗撮サイトに載っているよ」と教えられて、実際見たところ間違いなく自分であることを確認した。その写真は裸ではなく、本屋さんで立ち読みしているところを下から盗撮され、スカートの中が映っているものでしたが、顔もわかる状態で公開されているので一刻も早く消したいということでした。しかし、サイト管理者に自分で連絡するのは余りにも怖いということで、私にかわりに削除依頼をして欲しいという相談でした。そのときはすぐに削除に応じてくれたのでよかったのですが、毎回そのようにうまくいくとは限りません。
 もう一つの相談事例は、昔行ったラブホテルにカメラが仕掛けられていて盗撮されており、その写真が今頃になって中国のアダルトサイトに掲載されているということに気づいた女性からの相談でした。本人もかなり頑張って調べて、はじめ中国のサイトに削除依頼をしたけれども返事がなかった。次にサーバ管理者を調べたらアメリカだったので問い合わせをしたけれども、その画像が違法であるということをきちっとした法的機関などが認めてくれれば削除します。という回答が来たけれども、それを証明してくれるところがなくて困っているとのことでした。警察としては、顔がわかる状態で裸の動画が掲載されていれば名誉毀損にもできるのでしょうが、それをアメリカのプロバイダに対して証明してくれるのかといったら、手続的なことはよくわかりませんが、現実問題として難しいのだろうと思います。ですから、弁護士などに依頼して何らかの形で法的に削除依頼などをしていかざるを得ないのかと思っているところです。
 次にご紹介するのは、ちょっと変わったサイトで、これを使えばその人がどのような人と関わりがあるのかが相関図で表示されるという、一見便利なサイトの話しです。試しに私の名前で検索したところ、表示された相関図の中には確かに懇意におつき合いさせていただいている弁護士や教授とかがいるのですが、中には「いったいこの人誰?」という人とも線がつながっていたりするのです。何を基準にこの相関図が描かれているのか、仕組みがよくわかりませんけども、想像するに、ネット上の吉川誠司のキーワードで出てくるページから、機械的に関係性の強い人から順番に表示させているだけだと思いますから、つながっているからといって必ずしも友好関係にある人とは限りません。例えば私がかつてどこかのシンポジウムに参加してパネルディスカッションで議論を交わしたときに対立する意見を交わしたパネラーがいたとしても、そのシンポジウムというキーワードでつながりが出てくると、私とも相関関係があるというふうに単純に表示されてしまうということもあるのだと思います。実はここが問題だと感じます。正しくその人の人間関係を表示している保証がどこにもないにもかかわらず、見る人はそうと知らずに、この人ってこういう人とかかわりがあるのか。では、ちょっと人権に関する講演の講師を頼むのは不適切かな。というような誤解を与えてしまうのではないのかと懸念するところです。情報リテラシーの高い人であれば、このような情報を鵜呑みにせず、当然別の方法でもいろいろ調べて判断されるのでしょうけども、利用者のすべてがそうとは限りませんから。にもかかわらず、勝手に人の写真を使い、この段階でもう著作権侵害なのですが、勝手にその人の人物像を作り上げてしてしまうというところに、サービスとして疑問を感じる次第です。
 写真の無断使用に関する人権侵害の最後の事例は、グーグル・ストリートビューの話です。最近はあまりグーグル・ストリートビューの写真に対する不満の声というのは聞かなくなりまして、いろいろなところから苦情を言われたので、それなりにきちっと対応はしてきている成果なのではないかと思います。
 特に最近新たに撮影され公開される地域に関しては、恐らく機械的に人の顔にぼかしを入れるだけでは不十分なので、目視して、公開できない映像がないかどうか確認して、問題のある画像を削除した上で公開しているからあまり不満の声が上がらなくなっているのではないかと思いますが、今日はストリートビューそのものがどうこうというよりも、このような形で不特定多数の市民のプライバシーを公開するサービス提供のあり方について、個人的に少し思うところがあるので、ストリートビューを例にご話ししたいと思います。
 今ご覧いただいている4つの写真は、いずれも顔はわからないようになっていますが、ご近所さんの中ではもう既に話題になってしまっている写真でして、当然削除の申し立てなどもあったようです。一つ目は駅前でキスをする高校生ですが、二人とも後ろ姿しかわからないのですけども、これを見た同校の生徒は後ろ姿だけで誰かわかってしまったようで、あっという間に学校内で話題になってしまったそうです。
 何故わかるのかというと、そもそもストリートビューというのは地図と連動しているため、この場所がどこかは地図上にピンポイントで特定されているわけです。その上、制服を着ているというところから学校もわかる。友達であれば後ろ姿だけでわかるというのは当たり前のことなので、顔を隠しておけば問題ないということ自体がそもそも間違いであるということの端的な例だと思います。
 それから、映っている場所によってもさまざまな問題があります。例えばラブホテル街で撮影したものの中には、ホテルに出入りする人が映っているケースがありますが、たとえ顔が隠されていても、知人が見ればだれのことかわかる。わかった上でその人が日中ラブホテルを歩いていると、それを見た知人は、「あの横の人はだれなの?」と興味を持つことでしょう。これがもし既婚者だったならば大変な問題になりかねないわけです。このことに対してストリートビューのサービスを擁護する弁護士の意見だと、確かに深夜、風俗店だとかラブホテルに出入りする人は、人に知られたくないこともあるだろうから映すべきではない。しかし、日中に関しては問題ないだろうというようなことを言っていたのですが、逆に日中にラブホテルに出入りすることを知られるほうがまずい場合もあるのではないかと思います。さきほどの駅前でキスをする高校生カップルは、これも日中ですよね。日中、公衆の面前でキスをするから悪いのだというのかもしれませんけども、だからといって勝手に撮影されネット上で公開されて、それも仕方ないとあきらめるような社会なのかこの日本は。と思うわけです。そんなことでサービスの内容が正当化されるものではないだろうと思います。
 私も幸か不幸か、グーグル・ストリートビューに映っておりまして、たまたま会社に出社したとき、近くの喫茶店にコーヒーを買いに行く途中を撮られておりまして、会社の同僚に知らされて初めて知ったのです。
 グーグル・ストリートビューに映っている人というのは世の中にはそう多くない。私が知る限りは、「自分は映っていました」と言っている人を見たことがないので、そういう意味では貴重な体験をさせてもらったとは思うのですが、映っている場所が会社の近くの喫茶店でよかったで。時と場所によっては、こんな冷静なこと言っていられないような状況もあったのではないかと思います。
 ストリートビューについては多方面から様々な指摘がなされてきましたが、ポイントとして、事前になんの説明もせずに、黙って撮影して、問題があって削除要請があったときだけ個別に対応するというオプト・アウト方式が問題だと考えます。
 しかもその削除の手続きも問題でした。当初、グーグル・ストリートビューの削除の手続はインターネットを利用しない人には非常に困難なものでした。まず削除依頼はアメリカの本社に対して英語のメールでやらないといけない。日本人の多くは英語が不得意だと思うのですが、まずその段階で難しいのと、インターネットを使わないお年寄りが映っていた場合には、手続的に無理があったと思われます。現在は削除依頼の方法は改善されて、ストリートビューの画面の下に問題の画像報告というボタンを使って日本語で削除の申請ができるようになっています。
 インターネットを使わないかたは、ストリートビューを見る機会がないので、自分の写真が載っかっていることも知らないままだと思います。知らないほうが幸せという人もいますが、そんなこと言ってはけないですね。知らされる機会がないということがそもそも人権侵害なので、そうならないようにすべきだと思います。

第2章
 次にネットいじめの現状です。いじめというのは昔からあることですが、従来のいじめは学校を出れば基本的にはそこで終わりました。最悪下校途中もいじめっ子がついてきたとしても、さすがに家の中までついてくることはないので、家の中に入れば逃れられました。毎日いじめられる場合には、場合によってはしばらく学校を休んでおけば何となく自然消滅したということもあったかと思います。
 ところが、インターネット、携帯電話というものがいじめの道具に使われますと、学校から帰って家にいる間も一晩中嫌がらせのメールが来ますし、裏サイトに書き込みというのも、むしろ夜活発に書き込みが行われますから、いじめから逃れられることができないのです。24時間ずっと続くと。しかも、リアルないじめならば、だれが自分をいじめているのか本人もわかっているわけで、先生に相談すれば注意をしたりすることで解決もできますけれども、メールや電子掲示板でいじめ行為がなされると誰かわからないですから、先生に相談するにしても自分をいじめているのが誰なのか言えないのです。もちろん直接本人に文句言うこともできません。いじめている人間がわからないということは、いじめている原因もわからないので、どうすればいじめられないようになるかすら、わからないということです。場合によっては自分の親友だと思っていた子が実は書き込みをしていたというケースもあったりするので、人間不信に陥って不登校になったり、思い詰めて自殺をするということも少なくありません。
 埼玉の私立中学校3年生の女の子がいじめにより自殺した事件が少し前にありましたが、そのときはプロフというサイトを自分でつくっていところ、プロフへのコメントにさまざまな嫌がらせがあったようです。例えば「一緒にプールに入るのが嫌だ」とか、「うまくいじめをすれば不登校に持ち込めるよ」だとか、そのような心ないことを日々書かれ、泣きながらお母さんに相談をしていたのですが、解決に至らず自宅で首をつって自殺してしまったということです。その後、机の引き出しから遺書が出てきたので、いじめを苦に自殺したことがわかりました。遺書が見つからなければ、前日に成績が悪くなったことをお父さんに怒られたらしく、てっきり母親もそのことが原因で自殺したのかと思っていたようで、いじめが原因であることが発覚しないまま終わったのではないかと思います。
 インターネットがいじめの道具として使われるパターンの一つとしてあるのは、普通の掲示板に嫌がらせ、悪口を書くだとか、メールで脅迫をするという方法ですが、そのほか、学校内でいじめている様子をいじめっ子の一人が携帯の動画で撮影し、それを動画配信サイトに投稿するという事例もありました。一旦投稿してしまった動画を削除するということは本人ですらできません。ましてやそれをダウンロードして他のところにどんどんどんどんと掲載する人が出てくると、もはや完全回収もできなくなってしまいます。投稿した本人があとでどんなに反省しても、もうどうにもならないのです。
 また、いじめを苦に自殺した事件を先ほど1件お話ししましたが、もう1件あります。これも中学3年生の女の子が貨物列車に身を投げて自殺したという事件がありました。彼女がつくっていたブログは親しい友人にしか教えていなかったのに、そこへ「あなたが来たら、みんなが頑張って練習している40人41脚が台無しね」という書き込みがあったのです。この被害者の女の子は非常に体が弱い子だったらしくて不登校ぎみだったのですが、それを楽しみにやっと登校の意欲を見せ始めていた矢先の話です。自分が親友だと思っている子から言われたということに非常に傷ついた。学校にもお母さんと一緒に相談に行ったのですが、とりあえず全校集会で校長先生からみんなに注意をしたにとどまりました。しかしその後も引き続き中傷が続き、その結果、追い詰められて自殺をしたということです。その後、ようやく警察がいじめとの関係を調べて捜査したところ、やはり同級生の女子中学生が書いたということでしたが、その女子中学生は侮辱罪で家庭裁判所に書類送致されただけでした。犯罪としては侮辱罪という非常に軽いものですが、人が1人死んでいるわけです。普通、人を殺すと殺人罪ですから、無期懲役とか死刑になりかねないわけですけども、言葉で殺しても1万円未満の科料を払えば済むのです。
 インターネット上で匿名で発するひと言は、実際に面と向かって伝えるよりも相手に与えるダメージははるかに大きいと思います。そのことをよく子どもたちに理解させて、だからネット上で、匿名で中傷したりするのは絶対いけないことなのだ。ということを教えていく必要があると思います。
 また、相談を受けた学校のほうも、この程度ならと軽く見るのでなくて、最悪のことを想定して、なるべく早目に発信者を特定するなりして、再発を防止しないといけないのではないかと思います。
 学校でのいじめでよく使われるのが学校非公式サイト、通称「学校裏サイト」ですが、最近は教育委員会が民間の監視会社に学校裏サイトの監視を委託して、不適切な書き込みの報告を受けて対応に当たっていると聞いております。幾つかの学校裏サイトを見ても、教育委員会からの依頼で削除依頼をしている書き込みもよく見受けられます。その結果、削除されているのをよく見ますから、削除依頼をする価値はあると実感しています。
 ご覧の書き込みは京都の中学校の裏サイトです。スレッドを立てた学生の最初の書き込みが、「ここは裏サイトだから書きたいことがあればとりあえず書いてください。できるだけ名前は控えて書いてね。」と言うものです。しかし学校裏サイトというのは基本的にその学校の生徒が利用しているものですから、頭文字だけでも誰のことを言っているのかが、普通わかるのです。だから実名は書いていないから問題がないと考えるのはそもそも間違いです。ただ残念ながら、頭文字だけで中傷されていて、友達の誰もが誰のことを言っているかわかっていたとしても、警察に行ってもなかなか名誉毀損として認めて貰えないということもよく聞きます。名誉毀損というのは、個人を特定した上で、その人の社会的評価を損なうような行為ですが、警察官が裏サイトの書き込みを見ても、どこの誰のことを言っているか、わからないからです。しかし同級生のあいだでは十分誰のことを言っているのか分かっているので、十分に攻撃の目的も達成しているわけですから、そういう裏サイトの特徴をよく考えた上で判断しないと実態に沿った対応ができないと思います。
 それで、非公式サイトを監視する学校が増えてきていると、先ほどお話ししましが、私がとある高校に講演に行った際、「うちの学校でも監視会社に依頼をしようと思うのですが、監視していることを生徒に事前に告知しておくべきか隠しておくべきか悩んでます。先生どう思われますか。」と相談されたことがありました。そのときに私が申し上げたのは、「監視していることを生徒にも伝えてしまったとすると、まず単純に子どもたちは反発するでしょうね」と。だってすべての生徒が学校裏サイトで悪口ばかりを書いているわけではありませんから。部活のことなどたわいもない会話をしているだけなのに、そこに学校が入ってきて監視していると知れば不愉快に思うのは当然なわけですね。そればかりか、悪いこと書こうとしている生徒にしてみれば、学校が監視しているのだったら、見つかりにくいところで書こうと思うのが当たり前で、その方法として掲示板にパスワードをかけることもあるし、携帯電話からしかアクセスできないようなサイトにすればよいと気づく生徒もいるのです。その結果、監視業者でも中を見ることができないところに入っていってしまう。その結果、かえって発見とか問題解決を困難化する結果となるのではないかと申し上げました。
 個人的には学校裏サイトの監視に関しては民間業者には限界があると思っています。なぜなら監視業者というのは、パソコンを使ってパトロールするので、携帯からのアクセスしか許可していないようなサイトは監視業者でも確認できないと聞きました。もちろんパスワードがかかっていれば見ることができないのです。ところが、問題がある裏サイトに限って、携帯専用サイトだったり、友達同士でしか見れないようパスワードをかけているわけですから。
 それよりも学校で通報受付用のメールアドレスを用意しておいて、「もし自分たちの学校の生徒の悪口が書かれているサイトを見つけた場合には、ここに通報してください。」と全校に周知しておくほうが効果的ですよ、と話しました。なぜなら自分の悪口を書かれている生徒は何とかしてほしいと思うわけです。たとえそれがパスワードかかっているサイトでも生徒はパスワードを知っているわけですから、パスワードを付けて通報するのではないかと思うわけです。そうすることで監視業者では見つけ出せないような非公式サイトも、生徒から通報してもらうことによって見つけられるのではないのかと考えています。同時に、そういった形で通報してきて何とかしてほしいという生徒に対してきちっと対応できるよう、学校側が相談体制を整備していく必要があります。せっかく生徒が相談をしてくれても、技術的な知識が全然なくて結局効果的な対応も助言も何もできないのだったら、二度と相談してくれなくなってしまいますから、事前にきちっとスクールカウンセラーとかを配備して、ネット上の問題に対して適切なアドバイスができるような相談体制もあわせて講じておくことも重要です。
 さて、裏サイトとかメールで悪口を言う場合に、加害者側は自分を名乗らないのが一般的です。メールの場合ですと、でたらめなアドレスを差出人にして送るというケースもありますし、中には友達に成りすましてメールを送って友人関係を壊すというケースもあります。
 成りすましの事例を2つ紹介します。一つは成りすましプロフによる被害です。中学1年生の娘を持つ母親からの相談です。1週間くらい前に先輩より呼びとめられ、いきなり「私の悪口をプロフに書き込んだでしょ」と聞かれたそうです。その先輩が問題のプロフをメールで送ってくれたので見たところ、確かに娘のプロフに先輩の悪口が書かれていました。娘のプリクラの写真も載っていました。その後は一時的に学校に行けなくなって大変だったらしいのですが、どうしても娘を陥れようとした犯人が許せない、と。学校は追跡しないと言ったらしいのですが、親としては自分の娘の無実を晴らしたいので、何とか調べる手段はないでしょうか。というような相談がありました。方法がなくはないのですが、その具体的な方法を今ここでお話ししても長くなるだけなので申しませんが、基本的にはプロフのサービスを提供している事業者に対して、そのプロフをつくった人の通信記録などの照会をしていけば特定はできるとは思います。学校側が追跡しないと言ったのは、何か考えがあって、やり方は知っているけれど追跡はしないと判断したのか、そもそも追跡の仕方を知らないので追跡しないというふうに拒否したのか、その辺は定かにはわかりませんけど、追跡しないと言ったこの段階で学校は生徒の母親から信頼を失ってしまったわけです。
 もう一つは、高1の息子が元気ないということで、母親が携帯を見たところ、死ねとかばかとかひどい内容のメールがいっぱい届いていたらしいのです。差出人のアドレスを見ても息子のメールアドレスだったり、息子のメールアドレスの名前にローマ字でshineと書いてあるものだったり、非常に気味が悪いと。いったいどうしたらこんなことができるのでしょうか。という相談でした。これはまさに成りすましメールによるものだとすぐわかるわけですが、そういった成りすましメールの仕組みがわからない保護者もいらっしゃるのです。それで成りすましメールの仕組みを説明します。まず、成りすましメールを送るためのサイトが複数あります。加害者はまず自分の携帯からそのサイトにアクセスして、そこでメールの文章を作成します。普通、携帯からメールを送るときは、差出人のアドレスは自分で変えられませんね。ところが、このサイトでは差出人のアドレスも自由に設定できるのです。このようなサービスがあるということを知らないと、受け取った人は本当のその人から届いたメールだと信じてしまうのだろうと思います。
 このような成りすましメールを見分ける方法はあるのですが、少し専門知識が必要なので、「見分ける自信なんてない、そもそも受け取らなくできないのか。」という人のために、成りすましメール防止策をお伝えしときます。各社少しずつ方法は違いますが、NTTドコモの場合ですと、成りすましメールを拒否するかどうかを選べるメニューがメールの設定画面にあります。それをやっていただきたい。もしわからなければドコモショップに行って成りすましメールの受信防止をしたいと聞いていただくのがいいですね。マニュアルも一応ありますが、説明書を見てもわかりづらいので、ショップで設定していただくのが一番確実だと思います。子どもたち全員が成りすまし防止対策をしておけば、少なくともそのクラスの中で成りすましによるいじめは成立しません。子どもに限らず成人でも成りすましメールなんて要らないでしょうから、設定しておかれてもよいかと思います。
 最後に、学校側が仮に生徒や保護者からいじめの相談を受けたといった場合の注意点を申し上げます。たとえば掲示板に同級生の悪口があったということを認知した場合に、やってはいけないのは、事情をよく調べずに、とにかく誰が書き込んだのだ。という犯人捜しをいきなりやるということです。最悪なのは青春ドラマのように、クラスのホームルームなどの時間に「書き込んだのは誰だ、正直に手を挙げろ。」というような感じで自白をさせるケースだと思います。何故だめかといいますと、中には、普段いじめられていて、自分では直接やり返せないので、悔しくて家に帰っていじめっ子の悪口を書いた、というケースもあるからです。そのときにみんなの前で手を挙げさせたら後でとんでもない仕返しがあることでしょう。そういった場合、まず秘密裏に発信者を特定して、わかったら個別に呼び出して、何故、そんなこと書いたのだ?と聞いてみるべきです。
 もしその背後にいじめがあることがわかれば、いじめのほうを解決すべきなのです。表面に見える事象だけで軽率に判断してしまっては取り返しのつかないことになるということを注意していただきたいと思います。

第3章
 次がインターネットによる中傷、差別的書き込みの事例です。皆さん方はもうご存じかもしれませんが、2003年から2004年にかけて「連続大量差別はがき事件」という刑事裁判にもなったことでも有名な事件がありました。私もこの被害者の方の講演を聞いたことがあり、ひどいことをする人間がいるのだと思いました。今日ここで私がこれをご紹介しようと思ったのは、この連続大量差別はがき事件そのものは、はがきやビラとかで同和地区出身者の方に対して非常に侮蔑的な中傷をしたという、インターネットとは関係ない事件でしたが、その事件が刑事裁判になって公開された結果、電子掲示板で、被害者に対する集団での中傷事件に発展したというもので、インターネットがさらに傷口を広げたという点からお話しすることにしました。
 電子掲示板に書き込まれていた書き込みの一部を紹介しますと、「えた・ひにんのくせに訴えてるじゃない」、「同和地区出身者を差別して何が悪い、同和地区出身者は差別されるためだけに生まれきたんだ」、「表現の自由は何よりも大切、はがきを書いただけで懲役2年というのはいくらなんでも重過ぎる」、「部落差別は法律で禁じられていない」、「同和地区に生まれたのは別に誰のせいでもないんだから、恨むなら運命を恨め」などとむちゃくちゃなこと言っています。誰のせいでもないのだったら、何で差別をするのだ、という話ですけれども、このような書き込みが多数あり、被害者の方はせっかく刑事裁判で勝ったにもかかわらず、その後インターネット上でまた責められ、被害がその後もしばらくは続きました。
 発端となった事件の加害者と、ネットで中傷書き込みした人たちとの共通点はなにかということですが、差別する人の中に、自分の実体験に基づく具体的な部落像がないというところです。あるのは漠然とした偏見だとか、ネットや本で知った間違った部落像のみです。特に同和問題に関しては地域によっては学校教育の差があると思います。私は大阪出身なので、小学校の道徳の授業で同和問題を学びましたが、東京では差別に繋がるからという理由で教えない方針をとっていたかと思います。しかし今やインターネットを使えば、誰でも簡単に同和問題のこと調べられるのです。その内容が正しければいいのですが、往々にしてインターネットの検索でヒットする情報というのは、偏見に満ちた内容だったり、恣意的な情報だったりするのだろうと思います。この加害者も、もともとは同和問題のことを知らなかったのですが、ある日たまたま帰宅途中に立ち寄った公立図書館でえせ同和問題の本を読み、同和地区出身者というのはとんでもない奴らだ。と間違った認識を得てしまい、こいつらだったら攻撃しても許されるだろう、と思ったらしいのです。このような間違った認識がある限り、幾らインターネット上で反論したり、差別書き込みを削除したところで、認識が改まらない限り攻撃はとどまらないと思います。
 インターネット上の情報というのは、うそも間違いも、それから悪意も善意も混然一体としているのが特徴です。だからネット上でうそのことを書かれたからといって、まともにそこで真実で対抗したところで、第三者から見たら、どっちの言っていることが正しいのかわからないで意味はありません。それに別の人間が自分に成りすまして反論すると、どれが本人の書き込みかわからなくなって、ますます事態が悪化します。だから自分のサイト内に反論ページを用意して、相手の掲示板にはそのページへのリンクだけを張るようにするとよいでしょう。
 それから少なくとも削除という手段は、誹謗中傷に関してはあまり効果がないと思っています。もちろん個人情報が公開された場合にはすぐに削除するほうがよいのですが、誹謗中傷というのは、放っておいても実害がなければ、それでいいのではないかという気もします。もし何か反論したければ、先ほど言ったように自分の土俵でしておけばいいかと思います。認識を正すことをせずに、とにかく削除、削除と言われても、お互いの距離はますます離れていくようになるのかと思います。
 このような掲示板上での中傷に関する対応の限界ですが、ネット上には膨大な量の差別的書き込みがありますから、事前にすべて監視して不適切なものを消すなどということは不可能です。自治体などが自分たちの市の掲示板の管理をするというのはいいですけれども、よその掲示板サイトに啓発書き込みなどをしても逆効果なのだろうと思います。下手に啓発書き込みをしても、自作自演と言われて終わってしまい、まともにとってくれないのです。
 このようなネット上での名誉毀損に関して、いくつかの裁判例がありますが、ちょっと気になりましたのは、松江地裁が平成16年に下した判決理由です。裁判官いわく、「ネット上のホームページに掲載され多数が閲覧できるものの、求めるものだけが閲覧できるものであって、街頭でのビラ貼りにくらべれば、公然性が低い。」として罰金刑を下しているのです。今でもこのような認識を持たれているのかわかりませんけれども、私は街頭でのビラ貼りよりも、大規模な電子掲示板で書くほうが公然性が高いと思っています。確かに求める人しかその電子掲示板には行かないのでしょうけど、求める者の数は何万人単位です。しかも、街頭でビラ貼られた場合には剥がせばいいのですよ、本人が。ところが、電子掲示板に書き込まれたものは、本人が消すのは容易ではないのです。しかも、見た人がそれに呼応して誹謗中傷が連鎖することがあり、そういった部分でもビラ貼りなんかよりもはるかに被害も甚大に及ぶのです。そういったところの認識がちょっと欠けるのではないかと思ってなりません。
 先ほどお話ししましたように、掲示板の書き込みというのは思っている以上に問題が多いわけです。よく、「掲示板の書き込みはトイレの落書きと同じなのだからと、気にするほうがおかしい」と言う人がいます。あるいは「嫌なら見に来なければいいだけだ。」みたいなことを言うのですが、被害者が見に行こうが見に行くまいが、自分の誹謗中傷や個人情報が書かれていれば放っておけないのが当然のことなので、見に来なければいいなどというような理屈は通らないです。トイレの落書きと同じと言いますが、トイレの落書きはお掃除の人が消してくれるし、放っておけば自然と薄れもしますが、電子掲示板の書き込みというのはそういうことはないですからね。消さない限りはずっと残りますから全然違うのです。だから、一緒に扱ってもらいたくないところです。
 最後は、被害救済に向けての対応ということで、大きく分けて「削除依頼」と「発信者の特定」という2つに関してお話しをします。
 まず、削除依頼ですが、プロバイダ責任制限法というのがあって、自社が管理するサーバや掲示板で人権侵害の書き込みがあった場合の対応についてガイドラインが用意されています。プロバイダは基本的にそのガイドラインに従って削除すべきかを判断するので、依頼するほうとしてもそのガイドラインに沿った対応をするのが一番近道だということです。それをお話しします。
 まず、削除依頼の文面ですが、ガイドラインでひな形が用意されておりまして、それを利用していただくのがいいと思います。どこの書き込みを削除もらいたいのか、なぜ削除してほしいのかというその理由、この2つが絶対条件です。これを書かずに、感情的に、「ここのスレッドに書かれていることはすべてが私に対する侮辱だから、スレッドごと消してください。」のようなことを言っても削除されません。たしかに心情的にはそう思う気持ちも分りますが、掲示板管理人が中傷しているわけではありませんし、ましてプロバイダなどというものは掲示板に書かれている内容すら把握してないわけですから、感情的に言ったところで対応出来ずに終わってしまうだけです。冷静に、権利侵害の書き込みだけを具体的に何番何番と明記して、削除の根拠となるような法律があれば、それに添えて依頼するのが賢明です。
 ただ、削除に関しては、さまざまな障害があるのも事実です。
 一つは、プロバイダが海外の場合ですね。基本的にプロバイダ責任制限法というのは、日本国内プロバイダにしか適用されませんから、海外のプロバイダに通用する保証はありません。それに国によって法律も違いますから、日本で違法だからといって削除してもらえるとは限りません。また、地方法務局の人権相談所では、インターネット上の書き込みの削除についても相談に乗っておられますけども、海外のサーバ管理者とかプロバイダに対する対応となってきますと、国家主権の問題があるため直接的な措置がとれないと聞いております。しかし現実には、海外のサーバで人権侵害が行われるケースが少なくない。最初にご紹介した盗撮写真のサイトもそうですし、先ほどの差別書き込みが行われた電子掲示板もサーバは海外なのです。
 それから、掲示板管理人が必ずしも協力的とは限らないという問題もあります。削除依頼しても一切無視しているようなところもありますし、裁判所が削除するようにとの決定を下しても応じなかったりします。基本的には民事裁判の場合には、金銭的な解決でしかないので、賠償金も支払わず、差し押さえる財産もなければそれで終わりです。執行官が掲示板管理人の手をつかんで強制的に削除させるということはできないのです。
 それから、プロバイダ責任制限法の限界です。この法律で保護の対象となるのは、自己の権利を侵害されたとする自然人や法人、または権利能力なき社団に限られておりますので、特定の同和地区出身者全体に対する中傷だとか、特定の属性に帰属する不特定多数の者の権利は対象外になります。
 次に発信者の特定手段ですが、内容によっては刑事事件になることもあるので、その場合には警察に任せておくのが、お金もかからず確実かと思います。刑事事件となる場合は任意捜査、強制捜査を駆使して特定することになりますが、そうした捜査手法に関しては説明は省きます。もし警察に行っても刑事事件として受理できないと言われた場合には、プロバイダ責任制限法の発信者情報開示請求という手続きを使って、自力で発信者を突きとめていくということになります。
 弁護士会照会制度というのもありますけども、電気通信事業法の守秘義務等との関係でいきますと、弁護士会による照会では開示できないというのが電気通信事業者のガイドラインにはっきりと提示されておりまして、プロバイダの通信記録を開示する場合には裁判所の令状以外では開示できないとなっていますので、弁護士会照会は発信者の調査には使えないものと思っていてください。
 そのプロバイダ責任制限法の発信者情報開示のプロセスですが、ガイドラインによりますと、1から5のすべてのプロセスを経て初めて開示・不開示の判断がとれるということになっています。
 1つ目が「請求者の本人確認」です。当然のことながら本当に被害者かどうかというのを確認しないで不用意に発信者の情報を開示してしまうと、逆に発信者のプライバシー侵害につながりかねないので、ここで本人確認が要求されるのは当然のことだと思います。
 ただ、実際に民事裁判で弁護士を代理人とした場合には、弁護士に対する委任状に、依頼人の実印や印鑑証明は必要とされておりませんが、発信者情報開示のガイドライン上はそこまで求めているということで、通常の訴訟以上に厳格な要求をするのは行き過ぎではないか、というような指摘もなされています。
 それから、2つ目が「発信者情報の保有の有無の確認」です。つまりこの制度は発信者の情報を開示してくださいとプロバイダにいうものですから、開示できる通信記録等の情報をプロバイダ側が持っているかどうかを確認する必要があります。プロバイダ側が発信者の情報を保有していなければそこで終わりです。
 現状では掲示板管理者には投稿者のIPアドレスなどのログ保存を義務付ける法律はありませんし、インターネット・アクセスプロバイダに関しても同じです。ただ、インターネット・アクセスプロバイダの業界ガイドラインでは、3か月ぐらいは通信記録を保存することとなっているらしいので、書き込みがあってから3か月以内にプロバイダに照会した場合には開示してもらえる可能性は高くなっています。
 3つ目が「発信者に対する意見聴取」です。この発信者というのは、権利侵害情報を書き込んだ加害者になりますが、加害者に対して、「あなたの情報を開示してください。という申し出があるのですが、開示していいかどうか」と、相手の意見を聞かなければならないのです。一見それはナンセンスなような気がします。「はいどうぞ」と言う人なんかいるわけありません。これが手続きとしてある理由は、本来は権利侵害なんかなにもないのに、ストーカーがターゲットの情報を知りたいがために、この制度を悪用して開示請求してくるようなことも考えられるので、念のため請求を受けた相手に対して意見を言う機会を与えているのです。ですから、発信者に対して意見を聞いてもなんの回答もない場合や、回答があったとしても正当な理由がないと認められる場合には、そのまま開示してもいいという風にちゃんとなっているのです。
 4つ目が「権利侵害の明白性の判断」です。ここが手続上一番重要な部分かと思います。これはプライバシー侵害事案と名誉毀損事案で若干基準が違いまして、プライバシー侵害事案の場合には、どういったところで権利侵害の明白性を判断するのかというと、一つは、他人の氏名や住所など個人を特定する情報が書き込まれているかどうか、あるいは個人を名指しして病歴や前科などを公開しているかどうかということです。もしこのような情報が公開されていた場合、それが正当化されるような特段の事情がない限りは、基本的には発信者情報の開示を行っても構わないというふうになっています。よほどのことがない限り、このようなことをして正当化されるような事情などないわけですから、プライバシー侵害の場合には権利侵害明白性の判断は比較的簡単なのです。
 一方、問題なのが名誉毀損の場合でして、名誉毀損というのは具体的事実を摘示して、人の社会的評価を陥れるような書き込みのことなのですが、実際に具体的な事実の摘示があって、人に対して悪口が書かれていたとしていても、違法性阻却事由というのがあれば違法ではなくなるわけです。そこがネックでして、違法性阻却事由があるかどうかというのは、プロバイダのほうで判断できるものではなく、裁判をやってはじめて明らかになるようなものなので、プロバイダは自ら判断をせず、裁判を通して開示の命令を出してください、と言われるケースが多いようです。事業者のガイドライン上も、名誉毀損事案に関しては、基本的に事業者のほうで権利侵害の判断はできないというふうに書いております。
 ただ、例外として発信者に意見照会を行って、一定期間回答がない場合には、この点に関して特段争わないものとして扱ってよいとなっているため、このような場合に開示の道が開けると考えていただければよろしいです。
 最後が「発信者情報の開示を受けるべき正当理由」があるかどうかの確認、これで終わりです。この正当理由というのは端的に言いますと、発信者がわかったら訴訟するということです。つまり学校裏サイトで誹謗中傷されたということがあった場合に、発信者が特定できたとしても別に訴える気はなく、ただ相手と話をして円満に解決したいだけなのですよ。といった場合には、開示を受けるべき正当理由として認めてもらえないのですね。ですから、結果的には訴訟に持っていかざるを得ないと。話し合いで解決できるような事案でも訴訟沙汰にせざるを得ない点が問題のようです。でもそれ以外の方法で民間人が自力で発信者の情報を確認する手段というのは今のところありませんから、だからこそ警察が事件として受けるかどうかというのが大きなポイントです。そういった部分で、裏サイト内でハンドル名やニックネームで中傷されて、友達の中では誰のことが悪口として書かれているかわかっていて、本人が傷ついているにもかかわらず、法律上は名誉毀損の要件を満たしていないという理由で警察が捜査してくれないと、もうそこで解決の道が閉ざされてしまうということが問題なのだろうと思います。
 以上で私からの話しを終わりにさせていただきます。ありがとうございました。